ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(16-1)

3月29日(水)曇りのち晴れ

 ベアトリーチェに導かれて、地上から天空へと飛び立ったダンテは、月天、水星天、金星天、太陽天を経て、火星天に到着する。そこで彼は、彼の玄祖父であるという魂に出会う。カッチャグイーダと名乗るその魂は、古き良き時代のフィレンツェの市民であり、神聖ローマ帝国皇帝であるコンラートによって騎士に叙任され、十字軍に参加して戦死(殉教)したのだという。

おお、芥のごとき、血統による我ら人の高貴さよ、
人の欲求が病むここ下界で、
おまえが人々を惑わしておまえのことを誇示させようとも

私にとって驚くべきことではない。
というのも欲望が歪むことない場所、
告白すれば、天空にあってでさえ、私は自分の血筋を誇らしく思ったからだ。
(238ページ) 『神曲』という作品は、ダンテが地獄、煉獄、天国への旅を終えて地上に戻った後で、その経験を思い出して書かれたという形式をとっている。それで、地上の人々が「芥のごとき、血統による我ら人の高貴さ」に惑わされていることについて触れ、自分自身も天国で先祖が騎士であったことを初めて知り、誇りを感じたと告白する。天国にあっては、血統はどうでもいいことである。

そう、お前はすぐに短くなる外套だ。
日々継ぎ足されねば、
時の鋏に切り落とされていく。
(同上) 血統などというものは時間の推移によって、価値を減じる可能性のあるものだという。そう言いながら、ダンテは自分の先祖に向かって「閣下」と呼びかけてしまう。これを聞いたベアトリーチェは、地上世界の悪弊を引きずったダンテの貴族崇拝が、天国とは関係のない、地上事物への愛着にまつわることであるとして否定的に苦笑した。

 ダンテはカッチャグイーダに4つの質問をする。①ダンテとカッチャグイーダの先祖は誰なのか? ②カッチャグイーダはいつ生まれたのか? ③カッチャグイーダの時代のフィレンツェの大きさと人口。④そのころの貴族にどんな人々がいたのか。

 カッチャグイーダは生まれた年を、聖母マリアの受胎が告知された日を紀元の始まりとする当時のフィレンツェの暦で、1091年であると述べた。先祖たちについては、その住まいをエリゼイ家が居を構えていた当時のフィレンツェ東端のコルソ通り沿いの西端と答え、エリゼイ家との関係を暗示したが、それ以上は語らなかった。
わしのご先祖達についてはこれを聞いて満足せよ。
彼らが誰であったのか、どこからここへ来たのか、
話すより黙っている方が適切である。
(242ページ)

 フィレンツェの大きさと人口についてカッチャグイーダは
その時代に軍神マルス像と聖ジョヴァンニ洗礼堂の間にいた
武装可能な市民の総数は、
今生きている者達の5分の1であった。
(同上)と答える。「軍神マルス像と聖ジョヴァンニ洗礼堂の間」という市の大きさはカール大帝時代に築かれた古い城壁に囲まれた市域に相当し、人口については解釈が分かれていて、定説がないそうである。
 カッチャグイーダは、彼の時代には周辺の地域からの人口流入はなく、市が拡張しなければ、商業都市であるフィレンツェ本来の交換の文化とは異質の、封建制戦士の<奪う>文化が持ち込まれることはなかっただろうという。
人々の混交はいつでも
都市の災厄のはじまりであった。
むやみに詰め込んだ食べ物がおまえたちに害となるように。
(244ページ) ダンテは周辺地域からの封建領主(職業戦士)と農民(領主に従う兵)の流入や、彼らと都市住民との混交が都市に分裂をもたらし、衰亡の原因となると考えた。中世において、混交は神の定めた秩序への壊乱であり、害をもたらすとされたからである。
…また五本の剣より一本の剣が
鋭くよく切れることはままある。
(同上) ここで「剣」はフィレンツェの市民軍を指す。剣が五倍に増えたダンテ当時のフィレンツェ軍よりも、剣が一つだったカッチャグイーダのころの軍の方が強いというのである。そしてさらにカッチャグイーダは、いくつかの例を挙げて、都市や家にも栄枯盛衰があると述べた。

 ダンテが、市の拡大の歴史を否定的にとらえているのは、彼をフィレンツェから追放することになる人々の先祖が、もともとフィレンツェの市域に属さなかった周辺の村の出身であったことも影響しているようである。ここでダンテは一方で商業都市の<交換の文化>が中世の騎士の<奪う>文化よりも優れたものであるという、初期資本主義を擁護する発言をし、他方で昔はよかったという保守主義的な議論を展開している。市域の拡大が、ほかならぬ<交換の文化>によって促進された商業の繁栄の結果であるとは考えていないのである。彼の社会哲学にはこのように2つの側面があり、だからこそ、彼は「中世最後の人」と呼ばれるのではないかと思う。 
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