今野真二『北原白秋 言葉の魔術師』

3月27日(月)雨が降り続く

 今野真二『北原白秋 言葉の魔術師』(岩波新書)を読み終える。
 北原白秋(1885-1942)は、童謡、短歌、詩、民謡など様々な分野にわたって作品を発表し続けた、「日本の近代文学において巨大な存在の一人」(ⅱページ)であり、その全集は40巻におよぶという。しかし、個々の領域における白秋の業績に関心を抱く人は多いかもしれないが、彼の全体像を把握しようとする人は少ない(一部を理解しただけで全部を理解したつもりになっている人が多い)と今野さんは言う。ところが、それぞれが独立して理解されてきた白秋の様々な分野における作品は、互いに深くつながっているのである。例えば、民謡として作られた「城ヶ島の雨」(1913)は広く知られているが、この作品がつくられた翌年には「雨中小景」という同じイメージを念頭に置いた詩が発表され、さらにその翌年には「三崎風景」という7種の短歌の中に同じイメージが歌いこまれている。このように「短歌、詩、童謡とジャンルは異なっていても、一つの「イメージ」の言語化であり、時には重なり合う「パーツ」を用いながら、詩が短歌になり、短歌が詩になり、あるいは詩が童謡になり、と多様な展開を見せることがある」(ⅱページ)という。

 著者である今野さんは、国文学ではなく国語学畑の人で、とくに近代における日本語の変化や日本語の辞書の歴史などについての著作は、このブログでも紹介してきた。自分が味わった感動をさまざまな形式の中に、織り込んだ白秋と、言葉の変容についての研究を続けてきた今野さんとの接点になるのは、白秋がその作品の中で使った語彙であろう。「あわせて白秋は、推敲の人、彫琢の人でもあった」(同上)とも今野さんは言う。言葉を選んで、詩文を推敲する際に、白秋がどのような辞書を使っていたかというようなところに視線を定めていくところがいかにも今野さんらしい。

 この書物は白秋の創作者としての遍歴を編年的にたどる構成をとっており、
第1章 油屋のTONKA JOHN
第2章 『邪宗門』前夜
第3章 『邪宗門』――言葉のサラド
第4章 『桐の花』のころ――君かへす朝の舗石さくさくと
第5章 光を求めて――三浦三崎、小笠原への巡礼行
第6章 葛飾での生活
第7章 童謡の世界――雨が降ります。雨が降る
第8章 言葉の魔術師――詩集『海豹と雲』と歌集『白南風』
第9章 少国民詩集――この道を僕は行くのだ
と展開されてゆく。故郷柳川の風物と言語が白秋の業績の中でさまざまな姿をとって表れてくること、すでに述べたように彼の作品が様々な言葉を選択しながら作り上げられていること、また彼の作品が彼の実人生をきっかけとして形成されたものであるにせよ、それとは別の虚構であることなどが論じられている。研究者、評論家の発言に加えて、白秋の近親者の言葉が多く引用されているが、白秋の友人であり、妹のいゑ(家子)と結婚した山本鼎の子息である詩人の山本太郎(1925-88)の発言など特に興味深い。

 山本の名が登場したついでに書いておくと、山本鼎がそれまでの手本を模写するような図画の教育に反対し、自由画を進めようとしたことと、白秋が子どもの自由詩を推進しようとしたことはたぶん両者の共通性を物語るものであろう。その自由を愛したはずの白秋が晩年、「大東亜戦争」を支持する作品を発表していることについて、今野さんは三木卓の白秋が外界の出来事に常に関心を寄せており、「拒否することよりも肯定してそれを賛美し、受け入れることの方がはるかに多い」(243ページ)という意見を肯定的に引用している。中野重治は、白秋が「けはい」に敏感な詩人であったことを否定的に論じているが、その「けはい」こそが白秋の本領であったという指摘もされている。〔時代や場の「けはい」を読むことも大事ではあるが、その背後にある社会の動きに目を配ることの方が大事ではないかと、私は思っている。今野さんは「リアリズム」に対して懐疑的であるように見えるが、おそらくはその点で私と意見が違うのである。〕

 白秋がその詩の中に表現した思想をめぐっては、まだ議論の余地がありそうだが、今野さんのこの著書を読んでとりあえず感じることは、詩の実作に取り組んでいる人間にとって、これはさまざまな示唆を与える書物だということである。白秋の創作上の遍歴が、様々な作品からの陰陽をともなってたどられているだけでなく、詩と人生がどのような距離を持つべきかとか、詩はそもそも何を目指して、何を表現すべきかとか、詩の言葉としてどのような言葉を選ぶべきかとかいうことの手掛かりとなる議論がこの書物の中には盛り込まれている。今野さんとしては白秋の詩の言葉、とくに一つ一つの単語の選び方に関心があったのだろうが、それを超えて、多くのことを読み取ることができるというのが私の印象である。 
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