ヴァン・ルーン『人間の歴史の物語』(5)

5月8日(水)晴れ

 特殊撮影映画の名匠として知られたレイ・ハリーハウゼンが91歳で亡くなったそうだ。彼の『アルゴ探検隊の大冒険』(Jason and the Argonauts,1963)を1970年代の初め頃だったと思うが、渋谷にあった全線座で見たことを思い出す。そんな映画館があったことを知らない人の方が多くなっているのではないかと思う。

 『アルゴ探検隊の大冒険』はギリシア神話の英雄イアーソンが黄金の羊の毛を求めて行った冒険を映画化したものである。イアーソンはコルキスの王女メーデイアの協力を得て羊の毛を手に入れることができ、冒険の末ギリシアに帰りつく。高津春繁によると、もともとの話は簡単だったらしいが、だんだん話が複雑になっていったそうである。(高津『ギリシア神話』(岩波新書、75-90ページ、特に86ページをご覧ください。) 

 さて、ヴァン・ルーンの書物に話を戻すが、フェニキア人についての章に続くのは『インドヨーロッパ語族』(The Indo-Europeans)という不可思議な章である。どこが不可思議かというと、「インドヨーロッパ語族」というのは言語学の概念であって、特定の民族を指しているわけではない。しかし、19世紀に比較言語学的な研究が始まったころは言語の系統的な関係が、民族の系統的な関係と結び付けて考えられた。20世紀になってもその傾向は残っていたということである。

 We call this race the Indo-European race, because it conquered not only Europe but also made itself call this race the Indo-European race, because it conquered not only Europe but also made itself the ruling class in the country which is now known as British India. (我々はこの民族をインドヨーロッパ語族と呼ぶ。なぜならばそれはヨーロッパだけでなく、今日英領インドとして知られている国の支配者ともなったからである。) raceは普通「人種」と訳されているが、この場合「民族」と訳すべきであろう。「人種」は形質人類学的な概念で、インドヨーロッパ語族に属する言語を話すからと言って、話す人々をすべて同じ「人種」とみなすことは難しい。欧米のユダヤ人の一部が話すイディッシュ語がインドヨーロッパ語族に分類される例を思い出せば、これはよくわかることだと思う。ルーンはイディッシュ語の話し手と接する機会があったはずだが、このことについて考えていない(イディッシュをドイツ語の方言とみなしていたのかもしれない)。

 ルーンは一方でヨーロッパの多くの言語がインドヨーロッパ語族に属していることについて触れ、次に同じ系統に属する言語がイランの高原でも話されていたことに触れる。
Under the leadership of Zarathustra (or Zoroaster) who was their great teacher many of them had the leadership of Zarathustra (or Zoroaster) who was their great teacher many of them had left their leadership of Zarathustra (or Zoroaster) who was their great teacher many of them had left their mountain homes to follow the swiftly flowing Indus river on its way to the sea. (彼らの偉大な教師であったツァラトゥストラ(あるいはゾロアスター)の指導のもとに、彼らの多くは山の中の本拠地を去って、海へとインダス川の急流沿いにその道をたどった。)

 これは全く歴史的な事実とは食い違った記述である。ゾロアスターはペルシア人の伝説的な宗教指導者であって、彼がアーリア人のインド亜大陸進出を指導した訳ではない。

 その他の人々はメディアとペルシアという半独立の共同体を築き、そこからペルシアという国ができる。ペルシアはやがて西アジアとエジプトを統一する帝国を建設し、さらに西へと進出する。

But in this they did not succeed. (しかし彼らはこれに成功しなかった。)

It was the first encounter between Asia, the ancient teacher, and Europe, the young and eager pupil. was the first encounter between Asia, the ancient teacher, and Europe, the young and eager pupil. A great many of the other chapter of this book will tell you how the struggle between east and west many of the other chapter of this book will tell you how the struggle between east and west has continued until this very day. (それが古くからの教師であるアジアと、若く熱心な生徒であるヨーロッパとの最初の出会いであった。この書物の他の章の大部分は君たちに、どのようにして東西の間の戦闘が今日ここに至るまで続いてきたかを告げるだろう。)

 ルーンが公正で客観的な歴史記述を心がけようとしていることは理解できなくもないが、やはり欧米中心の歴史となっていることは否定できない。

 彼がこの書物を書いた頃は、まだヒッタイト語がインドヨーロッパ語族に属する言語であることが一般的な知識とならず(ハンガリーの学者フロズニがヒッタイト語はインドヨーロッパ語族に属する言語であるという説を学会で発表したのは1915年である)、このあとに出てくるミュケーナイ文明の線文字Bは未解読であった。第二次世界大戦後、線文字Bが解読され、古い時代のギリシア語であることがわかって、インドヨーロッパ語族の全体像がかなり変化することになった。そういうこともあって、この章の記述は現在では大いに書き直される必要がある。

 もっと大事に思えることは、ヨーロッパの言語は同じ言語系統に属するものが多いと言っても、勉強する場合には一つ一つ確実に勉強していく必要があるということである。似たようなものだから大丈夫だろうなどとのんきな気分で多くの言語に手を出して失敗した経験があるので、このことは強くいっておきたい。ルーンの本のこの章には、英語のmotherがオランダ語ではどういう、ドイツ語では、フランス語では・・・とインドヨーロッパ語族の近縁性を説明する図が載せられているのだが、どうせなら林檎は英語でapple、フランス語ではpomme、イタリア語ではmelaなんて例も取り上げてほしかった。
 
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