ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(15-1)

3月16日(木)晴れのち曇り

 ベアトリーチェに導かれて天上の世界に旅立ったダンテは、月天、水星天、金星天、太陽天を経て、火星天に達する。ダンテとベアトリーチェを迎えて、火星は普段よりもさらに赤く輝いていた。ダンテが全身全霊を込めて自身の感謝の想いを神にささげると、赤い無数の星が、神を表す円と、キリストの受難を表す十字架を形作ってその中を動き回り、その十字架の上に磔刑のキリストの姿が輝くのが見えた。そして美しい響きで地獄と悪に勝利するキリスト、つまり復活のキリストをたたえる歌が聞こえてきて、その中に「復活」による「勝利」をキリストに祈願する言葉が聞こえてきた。

 火星天に到着したダンテは、これまでしてきたように、火星天で彼を迎えている魂に話しかけようとする。すると、歌がやむ。
晴れ渡って澄んだ静かな夜空に、
たまさか、突然の火が走ると
悠然と眺めていた目を引き、

移動した星のように見える。
ただその火が燃えだしたところでは
星は一つも欠けず、一方で火はすぐに燃え尽きる、

あたかもそれと同じ様子で
その天空に輝く星座の中から星が一つ
右に延びる翼からあの十字架の足の先まで走った。
(223-224ページ) 「突然の火が走ると」というのは流星を表している。十字架の上を流星のように走ってダンテのほうに近づいてくる魂があった。

 ダンテは、地獄と煉獄を経て地上楽園まで彼を案内したローマ黄金時代の詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』の中の、アエネーアースが死んだ父アンキーセスと出会う場面を思い出す。
愛情にあふれたアンキーセスの影はこのように現れたのだ、
私達の最も偉大な詩神が信頼に値するならば、
エリジウムにあって息子に気づいた時に。
(224ページ) エリジウムはギリシア神話ではエーリュシオンと呼ばれている、英雄や善人が死後に赴くという冥界の中の楽土である。「偉大な詩神」はもちろん、ウェルギリウスのことである。『アエネーイス』によると、エーリュシオンはただ単に死後の世界であるだけでなく、未来の人間たちの霊を送り出す場所でもある。トロイア滅亡後東地中海世界の各地を流浪したアエネーアースは叙事詩の第6歌で、イタリア半島のクーマエに上陸し、この地に住む巫女のシビュラの指示に従い、将来の運命を知るために、冥界へと旅立つ。アエネーアースの父、アンキーセスは自分の子孫たちの運命を知り、アエネーアースが生きてこの冥界を訪問するのを待ち構えている。「さて、父アンキーセスは、緑なす峡谷の奥に/閉じ込められたのちに地上の光のもとへ旅立つ定めの霊たちを/一人一人入念に確認していたが、このときは身内の者たちが/すべてそろっているか点呼して、大切な子孫たち、/勇士たちの運命と運勢、品性と手腕を見ていた。/そこへ、草を分けてこちらに向かってくる人影を見た。/アエネーアスだった。気の逸るまま両手を差し伸ばした。/その頬には涙が溢れ出し、こぼれ落ちるように言葉が出た。」(ウェルギリウス『アエネーイス』、岡道男・高橋宏幸訳、京都大学学術出版会、西洋古典叢書、282ページ) 翻訳者である原さんは傍注で「ここで死後の楽園エリジウムにいるアンキーセスとアエネーアースは、ダンテの先祖とダンテの関係の予型になっている」と記している。

 近づいてきた魂はダンテに向かって言う:
「おお、我が血族よ。おお、惜しみなく
降りそそぐ神の恩寵よ。おまえに対してと同様に
空の門が二度開かれたのは、いったい誰のためであったろうか」。
(224ページ) この3行の原文はラテン語だそうである。ダンテ以前に「空の門が二度開かれた」のはパオロに対してであると傍注に記されている。
 ダンテの先祖の魂の言葉が始まると、ベアトリーチェの目がダンテに向かって輝く。そして魂の言葉に応じて、ダンテは自分の先祖らしい魂に対して、その名を尋ねようとする。

 さて、ダンテの先祖の魂はどのように答えるのであろうか。
 今回は、ダンテが自分の叙事詩の模範を重ね合わせようとしている『アエネーイス』の該当する部分にも注意しながら、読み進むこととなった。両者を読み比べてみると、『神曲』の方が整然としているが、キリスト教的な要素が強すぎて、あまりにも観念的だという印象を受ける。『アエネーイス』の方が人間的な要素が強く、現実的でもあり、共感できる部分が多い。文学や芸術は、後世の作品の方が優れているとは必ずしも言えない、人類の文明の発展を超越したところがあるのではないかと考えさせられるのである。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR