日記抄(3月5日~11日)

3月11日(土)晴れ

 3月5日から、本日までに経験したこと、考えたことなど。
3月5日
 『朝日』の朝刊に林典子『ヤズディの祈り』(赤々舎)という本の書評が出ていた。イラク北部の山間部に暮らす少数民族の人々がこうむった運命を見つめる内容のようである。イラク戦争をキリスト教とイスラーム教の戦いだと考えた人々がいたが、イラクにはキリスト教も少なからずいたし、イスラーム教徒でもキリスト教徒でもない人々もいて、戦争によって大きな被害を受けたのはむしろそれらの人々であったという事実をもっとしっかりと認識する必要がある。

 横浜FCはV・ファーレン長崎とアウェーで対戦し、1-1で引き分けた。負けなかったことで良しとするか。

3月6日
 NHK「ラジオ英会話」は遠山顕先生が体調を回復して再登場。よかったよかった。番組の方は昨年11月に放送する予定だった”Harvey and Shirley Downsize" (身の回りを整理する)を放送した。冬のリゾート地であるワイオミング州のジャクソンホールに住むハーヴィーとシャーリーのクローンショー夫妻は大雪に見舞われている。窓の外の雪を見ながら、ハーヴィーは
It's never ending! I'm sick and tired of shoveling snow. (まったくよく降るなぁ。雪かきするのにはうんざりだ。)
どうも彼は、RV(部屋やキッチンのついたキャンピング・カー)でアリゾナを旅行した経験が忘れられないようである。

3月7日
 『朝日』朝刊のコラム「経済気象台」に聖書の中にはライオンについての記述があると記されていた。むかしは中東やヨーロッパにもライオンが住んでいたのである。中東やギリシアの古代遺跡で見いだされるライオン像には実際にライオンを見なければできないような描写があるが、中世に描かれた聖ヒエロニムスとライオンの図などのライオンの姿は見てないことが明らかなものも数なくない。

 同じ『朝日』の紙面で「留学生を受け入れる」という問題について、3人の識者が発言をしている。3人ともそれぞれの立場で正しいことを述べているのだが、議論がかみ合っていない。議論の整理がされていないことが、この問題の最大の問題である。

3月8日
 NHK「実践ビジネス英語」は新たに”Money Matters" (お金のこと)という話題に入った。あるコラムニストが
Children deserve to know what their parents make. (子どもは親の収入額を知らされるべきだ)
と主張しているのを読んだということから議論が始まる。いわゆるcitizenshipの教育の中でも、政治や法律と並んで、経済や職業は重要な項目となるはずだと改めて考えさせられた。

3月9日
 「実践ビジネス英語」の議論の続き:
 昔は、子どもたちに金銭のことや家計のことについて教えないのがふつうであったのだが、
It doesn't make much sense these days to try to protect children from the reality of family finances. I mean, think of all responsibilities their generation will face starting with the huge student loans they'll have to pay off. (家計という現実から子どもたちを守ろうとするのは、今ではあまり意味がありませんね。というのも、考えてみてください、返済しなければならない巨額の学生ローンに始まり、彼らの世代がこれから直面することになる様々な責務を。)
というふうに話が展開する。
 パートナーのヘザーさんによると、日本の「奨学金」は米国のscholarshipではなく、student loanに対応するものだとのことである。

 NHK「まいにちフランス語」応用編は”Fruits de mer (1) Les Français les aiment d'une bien étrange manière"(海の幸(1) フランス人は不思議な方法で楽しむ)という話題を取り上げた。fruits de merは「海の幸」と訳されているが、poisson(魚)は入らないのだそうだ。貝類とか、ウニとかエビやカニがfruits de merということのようである。

3月10日
 「まいにちフランス語」の中でパートナーのヴァンサン・デュレンベルジェさんが話したこと:
En France, je dirai qu'on mange la galette des Rois à l'Épiphanie, les crêpes pour la Chandeleur. (フランスでは「公現祭」の1月6日には、アーモンドのお菓子、ガレット・デ・ロワを食べます。2月2日「ろうそく祝別の日」には、クレープを食べます。)
 辞書によるとgarette des Roisというのは中に、そら豆か陶製の人形が隠してあって当たった人が王(女王)様になる決まりだそうである。アーモンド(almond)というのは英語で、フランス語ではamande(アーモンドの木はamandier)という。
 子どものころ、アーモンド・チョコレートというのが売り出されたのがアーモンドに出会った初めであるが、実は「聖書」にはアーモンドはよく出てくる植物である。例えば、「創世記」30.37に「ヤコブは、ポプラとアーモンドとプラタナスの木の若枝を取って来て、皮をはぎ、枝に白い木肌の縞を作り」とある。ところで、文語訳聖書では「茲(ここ)にヤコブ楊柳と楓と桑の青枝を執り皮を剝ぎて白紋理(すぢ)を成(つく)り枝の白き所をあらはし」とある。ポプラが柳、アーモンドが楓、プラタナスが桑というのはだいぶ違う。違いすぎる。

3月11日
 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」は”Around the World in Eighty Days" (八十日間世界一周)を話題として取り上げた。ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne 1828-1905)が1872年11月6日から12月22日まで新聞小説として『ル・タン』紙に連載し、1873年にパリのエッツェル社から単行本として出版された作品(フランス語の原題はLe tour du monde en quatre-vints jours)である。英国の富豪フィリアス・フォッグが1872年10月2日に彼が会員である<改革クラブ>の会員たちと80日間で世界を一周するという賭けをして、新たに雇い入れたパスパルトゥーという従者と旅行に出かける。
 この小説は1956年に当時大プロデューサーとして知られ、エリザベス・テイラーの夫でもあったマイク・トッドが映画化、マイケル・アンダーソンが監督、脚本担当の1人が監督としても知られるジョン・ファロー(モーリン・オサリバンの夫で、ミア・ファローの父)、フォッグをデヴィッド・ニーヴン、パスパルトゥーを闘牛士出身の喜劇俳優であるカンティンフラス、それにインドから旅に加わるアウダを当時まだ若手の女優であったシャーリー・マクレーンが演じた。旅の途中で出会う人物を有名な俳優たちが演じていて、カメオ出演の名の起こりとなったといわれる。原作ではロンドンからスエズ運河までフォッグは予定通りに旅行するのだが、映画では鉄道が不通でアルプスを気球で越えようとしてスペインに流されるという波乱がある。ここでカンティンフラスが闘牛を演じる見せ場があるわけである。この映画を見たのはもう60年も昔になってしまった。
 
 
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No title

アーモンド・チョコレート、グリコでしょうか?

私は、小学校2年生の頃、隣がタバコ屋で
毎日、グリコのアーモンド・チョコレートを買っていました。

その時、アメリカの西部劇映画をテレビ?で見ていたら
ガンマンが、西部のバーで「いつもの。」というのが
子供の私にしたら、超かっこよく、
次の日、タバコ屋に行って「いつもの。」と言ったら
タバコ屋のオジンが、「いつものって、何や?」
と言われたことを思い出しました。

おませな子供だったのですね、私。。。

グリコのアーモンド・チョコレートをお知りなら
年齢が近いのでしょうか。。。

Re: No title

たびたびコメントをありがとうございました。花粉症に加えて、風邪をひいて苦しんでおりまして、返事が遅れまして相済みません。

性別誤認の件、お詫び申し上げます。言い訳がましくなりますが、魯迅と許広平の『両地書』のなかに、魯迅が教え子で(年少である)女性の許広平を「兄」と呼んだ例があったと記憶いたします。

グリコ・アーモンド・チョコレートの歴史を検索したところ、Since 1958とありましたので、当時、私は中学生だったはずです。

 たぶん1968年のことだったと記憶しているのですが、小林標さんの著書でも言及されている水野有庸先生のラテン語の授業を受講しました。何を教えていただいたのかというより、いつまでたっても終わらないので、困ったことだけ覚えています(まだ大学闘争の前だったので、大学の授業は1時間50分だったので、余計に長い…)。それでこれ以上出席するのは無理だと思って、授業をやめてしまったのですが、その時に配布していただいたプリントをとっておけば、記念になったかもしれないと思います。先生(と呼んでいいのかどうかはわかりませんが)は、西洋古典学会に出席すると、だれかれ構わずラテン語で話しかけられるので、ほかの会員が迷惑したという逸話を残されました。(しかしヨーロッパの一部の学校・大学では今でもトーガを着て、ラテン語で話すトーガ・パーティーを開いているそうです)。ロシア語を教えていただいた上野巌先生と対照的な先生として今でも心に残っているのですが、現在の私は、ロシア語よりもラテン語の方がまだましという語学力なので、教育はいかにあるべきかということをいろいろと考えさせられます。
 小林さんの顔と名前が結びつかないのと同様に、ご指摘の大西さんについても記憶がありません。小林さんや大西さんがどのような学生生活を過ごされていたのか、私の側からは想像するのが困難なような毎日を過ごしておりました。

「いつもの」とか「同じ」というのは、喫茶店や飲み屋でよく聞かれたセリフですが、だんだん使われなくなってきているように思います。それだけ人間関係が希薄になってきているということでしょうか。

 ご意見・ご感想をありがとうございました。これからもよろしく。Valeto quam optime!

No title

そのラテン語の水野先生かどうかは、はっきりしませんが、
大西先生が、昔、話されていたのですが、
日本人のラテン語学者が、ラテン語で「詩」を書き
ヨーロッパで、ボロクソに言われたそうです。

お名前ははっきりしませんが、
学会で、誰かれ構わず「ラテン語」で
話しかけていたのは、その先生ではないでしょうか?

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