独立愚連隊

5月6日(月)晴れ

 4月30日(火)に東京国立近代美術館フィルム・センターで「特集・逝ける映画人を偲んで2011-2012」の中で上映された岡本喜八監督の『独立愚連隊』を見る。映画を見てから1週間近くたってからようやく批評をまとめるのはわれながら不器用な仕事ぶりであるが、Better late than never. (遅れてもしないよりはまし)ということわざもある。

 上映によって追悼されている佐藤允の最初の主演作であり、代表作である。全編を通じて、若々しく生き生きとして嬉しそうな表情が印象に残る。話全体は決して明るいはずのものではなく、戦争末期の軍のよどんで弛緩した雰囲気ときびきびとした主人公のアクションとが好対照となっている。

 『独立愚連隊』という題名がかなりインパクトが強い。この映画が封切られた1959年の秋に中学生だった私は、反抗期の真っただ中であったことも手伝ってか、映画は見なかったが、言葉だけはずっと記憶してきた。

 弟の見習士官の死の真相を突き止めようと、原隊を脱走して従軍記者に身をやつした下士官がたどりついたのは中国北西部の部隊、さらにそこで本隊から見捨てられたくずのような兵士だけを集めた独立愚連隊という分遣隊が最前線に配置されているという。記者はその舞台へと馬を走らせる。馬賊との接触や、彼を追う従軍慰安婦の存在などが絡んで、事態は思いがけない方向に進展していく。

 部隊の設定からいえば戦争映画であり、主人公が弟の死の真相を突き止めて行くという進行はミステリー仕立て、原野を馬で行く場面は西部劇風、やたら威張っている副官の射撃の腕が全く駄目だったり、世界の三船が頭に変調をきたした部隊長を演じたり、霧の中で馬を走らせた主人公が実はほとんど進んでいなかったりという喜劇風の場面もある。岡本監督が助監督時代に書きためた脚本を映画化したものだというが、張り切り過ぎの詰め込み過ぎの感じがしないでもない。娯楽映画としての性格を強めるのであれば、映画の背景をよりあいまいにして無国籍化を図る一方で、愚連隊の隊員の個性をもっと描き分けるとともに、ミステリーの解明に物語の進行を絞った方がよかったのではないかとも思う。題名通りに『独立愚連隊』をもっと活躍させるべきであった。屑のような兵隊に意外な特技があったというような展開こそ、娯楽映画としての興味につながるのではないだろうか。
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