大野晋 丸谷才一『日本語で一番大事なもの』

3月1日(水)晴れ(かなり雲は多い)、温暖

 2月28日、大野晋 丸谷才一『日本語で一番大事なもの』(中公文庫)を読み終える。1980年から1986年にかけて中央公論社から出版されたシリーズ「日本語の世界」の第1巻『日本語の成立』を執筆した国語学者の大野晋(1919-2008)と最終巻である『国語改革を批判する』の執筆の中心人物であった作家・英文学者の丸谷才一(1925-2012)の2人がシリーズの月報に連載した対談をシリーズ完結後に1冊にまとめたものを、さらに文庫化したものである。対談の中では、記紀歌謡から現代の俵万智にいたる日本の詩歌を材料にして、その中での助詞・助動詞などそれだけでは独立の意味を表現できない語の意味と使用をめぐって議論が交わされている。これらの一見目立たない言葉こそ、詩歌の創造において決定的な位置を占めているし、それが日本語の特徴ともおなっているというのである。詩歌に使われる言語の分析を通じて、日本語の文法を歴史的・具体的に概観する内容になっているが、取り上げられた個々の詩歌の解釈を読んでいくだけでも楽しいし、実際に短歌や俳句を創作する場合の参考にもなりそうである。文学作品の鑑賞には文法的な知識が必要であるということを改めて感じさせられる。

 目次を紹介しておくと 
鴨子と鳧子のことから話ははじまる 〔「かも」「けり」〕
感動詞アイウエオ 〔「あはれ」「ああ」「あな」「いさ」「いざ」「いで」〕
蚊帳を調べてみよう 〔「か」「や」〕
ぞけるの底にあるもの 〔助詞の「そ」、係り結びについて〕
「か」と「や」と「なむ」 〔係り結びについて〕
已然形とは何か
「こそ」の移り変り
主格の助詞はなかった 
鱧の味を分析する 〔「は」「が」「も」〕
岸に寄る波よるさへや 「「さへ」「なり」「だに」
場所感覚の強い日本人 〔「つ」「の」「に」
現象の中に通則を見る 〔「が」、連体形について〕
古代の助詞と接頭語の「い」
愛着と執着の「を」
「ず」の活用はzとn [「に」「なふ」「ずは」「なく」「じ」
『万葉集』の「らむ」から俳諧の「らん」まで 〔「む」「らむ」「かな」〕
「ぞ」が「が」になるまで 〔「ずは」〕
ということになり、対談であるからさまざまな話題を順次取り上げていて、体系的ではないが、その中で既存の文法理論の特徴や問題点が指摘されたり、大野さんやその他の研究者による興味ある研究成果の紹介がされたりする。

 例えば、
 君やこし我やゆきけむおもほえず夢かうつつか寝てかさめてか
という『古今集』、『伊勢物語』に出てくる斎王の歌について大野は
「「や」は、奈良時代には自分に確信や見込みがあるとき使ったんですが、平安時代になると、この歌のように「……や……や」と使う使い方が広まってくるんですね。「君やこし我やゆきけむ」、あなたが来たのかしらんというふうに、相手に聞く使い方ができてくるんです。「我やゆきけむ」というのは、さては私のほうからでかけていったのかしらということです。そして、あれはいったい夢だったのか、現実だったのか、正気であったのかと、自分では分らないという。「うつつか」の「か」は自分で判断できないというのです。」(58ページ) この後、『伊勢物語』の内容を語学的に分析すると、三層に分けられるという興味深い話が展開される。

 このほか、日本語は、英語のように誰がしたかということを中心にして述べる言語形式ではなくて、「何が問題かを提示して下に答えを要求した」(214ページ)、問答的な(あるいは弁証法的な)言語形式であることなど優れた洞察が展開される。(大野晋は橋本進吉門下だが、時枝誠記の助手でもあったので、この辺りの議論はしっかりしている。) さらに松下大三郎が『国歌大鑑』を編纂する時に西洋のカード・システムと同じようなものを考案したという話など、雑談も面白い。国語問題については、聞き手の立場に立つ丸谷の文学作品をめぐる知識と創作体験を踏まえた解釈・鑑賞力にも驚かされる部分がある。森鷗外の『即興詩人』について「あんな下手な擬古文ありゃしない」(88ページ)と大野がこき下ろし、「それに比べて、樋口一葉の文章は上手ですね。本居宣長の擬古文は間違いがなくてスラスラ読めるというだけで、巧みではないけど、樋口一葉はうまいですね、つやもあるし、間違っていないんです」(同上)と一葉を褒めると、それに丸谷が賛同する個所なども印象に残る。

 かなり時間をかけて読み通すことになったが、全体を通読しても、どこか一部を抜き出してそこだけじっくり読んでも面白いだろうと思う。繰り返しになるが、語学に興味のある方にとっては考える手掛かりとなり、創作を目指す人にとっては霊感のもととなるはずである。
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