ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(12-2)

2月9日(木)午前中から雨が降り始め、まだ降り続いている。

 1300年4月13日の正午に、ベアトリーチェに導かれて地上楽園から天空の世界へと飛び立ったダンテは、月天で<誓願を果たさなかった人々>、水星天で<地上での栄光を追い求めた人々>、金星天で<人と人とを結びつける愛>に心を奪われていた人々の魂に迎えられる。さらに太陽天では神学者・哲学者の魂に出会う。生前ドメニコ会士であったトマス・アクィナスの霊がフランシスコ会の創始者であるアッシジの聖フランシスコの生涯と業績について語ったのに続き、フランシスコ会士だったらしい霊が聖ドメニコの生涯について語り始める。

その姿はキリストの使者であり従者でもあった。
なぜなら彼のうちに現れた最初の愛は、
キリストが与えた最初の教えに向いていたからだ。
(186-187ページ) 「最初の教え」は<清貧の徳>である。貴族出身であったドメニコは清貧と祈りに生き、立身出世のための法学ではなく、信仰のための神学を学んだ。

彼は短い間に偉大な神学者となり、
葡萄の農夫が邪悪であればすぐに白く枯れてしまう
葡萄園を見回りはじめた。
(188ページ) 「葡萄園」は教会、「葡萄の農夫」は教皇を指す。
 ダンテは、当時の教会が世俗的な問題に介入し、また貧者のための施しを横領したり、高位にある僧たちが特権と利益をむさぼったりしている状況を批判したが、それはそのような地位にある人々に問題があるのであって、地位や制度そのものの問題ではないとしている。ドメニコは、教会の腐敗や不正を糾弾し、1205年、「異端の過てる世界」を正す布教の許可を教皇インノケンティウスⅢ世に求めた。

彼はその後、教皇からの命を受け、
学識と決意をともにたずさえて
高山の泉から落ちる奔流のように走り、

その勢いで異端の藪の中へ
突撃していった、抵抗のより強い場所には
ひときわ激しく。

その流れからはその後、いくつもの流れの岸辺が生じて
それによりカトリックの農園は灌漑され、
その草木はさらに生きいきと茂る。
(189-190ページ) と、彼が異端の克服に活躍し、彼の修道会が教会を支える強力な存在となったことを語る。

 彼の前にダンテに聖フランシスコについて語ったトマスは当時のドメニコ会が当初の精神から逸脱して堕落の道をたどっていることを嘆いたのであるが、ドメニコについて語っている魂も、自分の属するフランシスコ会が清貧を守らず蓄財に励んでいることを非難した。当時フランシスコ会の内部では、会則を厳格に解釈する聖霊派と教会所有物の使用権を広く認める修道会派が対立していた。魂は聖霊派の指導者であったウベルティーノ・ダ・カサーレと修道会派の指導者であったマッテオ・アックワスパルタの両者の戦いを非難し、自身はフランシスコ会の総長であった枢機卿ボナヴェントゥーラであると名乗り、「大いなる職務にあっても/俗な関心は常に二の次にした」(192ページ)と自分自身の生前の態度についても触れる。なお、マッテオはボナヴェントゥーラの弟子という関係であり、解説によると教皇ボニファティウスⅧ世の右腕として政治的に活躍、ダンテがフィレンツェから追放される原因を作り出した人物でもある。ボナヴェントゥーラはこの両者の和解に努めた人物で、ダンテは彼の神学の影響もうけているとのことである。

 そしてボナヴェントゥーラは彼が属する光の輪の中の別の人物たちを紹介して口を閉ざす。ここで12歌が終わる。11歌とこの歌で教会を支える2つの修道会の創始者の生涯と業績が語られ、教会の改革を目指して創設された修道会が世俗化し、分裂している現状が嘆かれている。ダンテはなお太陽天にとどまり、さらなる知恵に触れることになる。
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