ジェイン・オースティン『エマ』

2月7日(火)晴れ

 ジェイン・オースティン『エマ(上)』(ちくま文庫)を読み終える。中野康司訳である。すでに、工藤政司訳による岩波文庫版で全編を読んでいるのだが、別の訳で読み返してみると、忘れてしまった部分が少なくないことに気付く。最近、中公文庫から阿部知二(1903-1973)による(かなり以前になされた)翻訳が刊行されたので、これも入手して、読み込んでみるつもりである。ジェイン・オースティン(1775-1817)はその生涯に6編の長編小説を書いたが、生前に公刊されたのは4冊のみで、『エマ』は1815年に刊行された、彼女の生前最後に公にされた作品である。彼女の他の作品に比べて小説的な技巧があちこちに凝らされ、構成上の工夫が施されているという印象がある。

 Penguin English Libraryに収められているEmmaは次のように書き出されている。
Emma Woodhouse, handsome, clever, and rich, with a comfortable home and happy disposition, seemed to unit some of the best blessings of existence; and had lived nealy twenty-one years in the world with very little to distress or vex her.
(工藤訳)
 美しくて、聡明で、裕福なエマ・ウッドハウスは、暖かな家庭に育った朗らかな性格の女性だったが、彼女にはどこやら生活上に一番いい恵みをいうつか一身に集めたようなところがあって、生まれてこの方21年近く、不幸や悩みごととはほとんど無縁な生活を送ってきた。
(中野訳)
 エマ・ウッドハウスは美人で、頭がよくて、お金持ちで、明るい性格と温かい家庭にも恵まれ、この世の幸せを一身に集めたような女性だった。もうすぐ二十一歳になるが、人生の悲しみや苦しみをほとんど知らずに生きてきた。

 オースティンの小説は、イングランドの南の方の田園地帯に住む、地主か牧師の娘をヒロインとして、彼女の結婚問題を描くものばかりである。しかし、ヒロインと彼女をめぐる男性たちの設定には一作ごとに異なった設定がなされていて、読者を飽きさせない(と、私は思うのだが、別の意見を持つ人もいる)。彼女の代表作である『高慢と偏見』や、このブログでも紹介した『マンスフィールド・パーク』はヒロインがいろいろな障害を乗り越えて、自分の愛する人と結ばれるというシンデレラ・ストーリーであるが、『エマ』のヒロインであるエマ・ウッドハウスは、この書き出しから、すでにいろいろな点で非常に恵まれた女性であることが示されている。ただし、シンデレラのモチーフはこの小説の中にも持ち込まれているので、物語の進行を注意して見守る必要がある。
 それから、この小説の書き出しの翻訳を2つ並べてみたが、ちくま文庫の中野訳の方がこなれた、読みやすい訳であることはお分かりいただけると思う。ただし、時々、やりすぎてしまったところがある。この辺りは、また機会を改めて(阿部訳にも目を通したうえで)論じてみることにしたい。

 エマは、サリーというロンドンのすぐ南の地方のハイベリーという村に父親と住んでいて、6歳年長の姉は既にロンドンに住む弁護士のジョン・ナイトリーという男性に嫁いでいる。書き出しの部分を見ると、非の打ちどころのない女性のように思われるが、物語を読み進むと、そうでもないことがわかる。むしろ、いろいろな欠点があることが、彼女を魅力的なヒロインにしているように思われる。
 母親は彼女が幼い時に世を去り、年の離れた姉は嫁いだので、エマは自分の家の女主人の役を演じてきただけでなく、ウッドハウス家はハイベリーでは随一の名家なので、村の女王のような存在として過ごしてきた。父親であるウッドハウス氏は病弱で、それほど頭もよくない人物で、エマを甘やかしてきた。そんな彼女の心を許せる話し相手はガヴァネス(住み込みの女性家庭教師)であるミス・テイラーであったが、その彼女が同じ村に住むウェストンという人物と結婚したので、彼女は生まれて初めて喪失感を味わうことになった。(贅沢というか、自分勝手な喪失感である。)

 彼女の姉の夫であるジョン・ナイトリーには未婚の兄がいて、隣のドンウェル教区の大地主であるが、彼はほとんど毎日のようにエマとその父が住むハートフィールド邸を訪れる身近な存在であり、欠点を指摘されることが少ないエマに対して、それを本人に面と向かって指摘することのできる数少ない人間の一人であった(ミス・テイラー⇒ミセス・ウェストンはそれができなかったというより、エマの欠点が見えなかったのである)。
 ウェストン氏の結婚式に参列して、2人だけで夕食を終えたエマとその父親の許をナイトリー氏が訪問する。ナイトリーに向かってエマは、今回のミス・テイラーとウェストン氏の結婚のきっかけを作ったのは自分だといい、それは彼女の思い過ごしに過ぎないというナイトリーの発言にもかかわらず、自分は縁結びの才能が有るので、これからその方面で活躍していこうと思うと宣言する。そして、ハイベリー村の牧師であるエルトン師にその伴侶を世話して見せると言い出す。

 エマは自分は生涯結婚しないつもりで、その代わりに自分の周囲の人たちの縁結びをして過ごそうというのである。彼女の年齢とか境遇とかを考えると、かなり突飛な考えというよりも、一種の「勘違い」から出た思い付きであり、少数の人しか気づかない彼女の性格上の欠点ということとも結びつくのだが、そのあたりが物語の展開とどのようにかかわっていくかが今後の見どころの一つである。全体で55章からなる物語の第1章を覗いただけであるが、これから物語は新たな登場人物を加え、さらに複雑な様相を見せていくことになる。
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