ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(11-1)

1月19日(木)午前中は曇っていたが、次第に晴れ間が広がる

 ベアトリーチェに導かれて、地上から天空の世界へと旅立ったダンテは月天で<誓願を果たさなかった人々>、水星天で<地上での栄光を追い求めた人々>、金星天で<人と人とを結びつける愛>を重んじていた人々の魂に迎えられる。彼らは至高天で神とともにいるのだが、そこでの神の距離に応じて、至高天から離れた世界にダンテに会いにやってきたのである。次に2人は太陽天に向かい、<哲学者、神学者>の魂に迎えられる。ダンテに向かい、トマス・アクィナスの魂が話しかけ、そこで彼らを取り囲んでいる魂たちが何者であったのかを語る。

 第11歌に入り、ダンテは地上の人々が不完全で永遠ではない地上の事柄に心を奪われ、それらに固執していることを嘆く。
おお必滅の者達の狂える妄執よ、
おまえを低きにはばたかせるのは、
なんと破綻した論法か。

ある者達は法学により、ある者達は医学により、
ある者達は教会における役職を追い求めることで、
ある者達は暴力や詐欺的言辞による権力をふるって、

ある者は搾取で、あるものは公職により、身を立てようとしており、
ある者は肉の喜びに取りつかれて
没頭し、ある者は無為に浸っていたが、
(166ページ) そのような醜く騒がしい地上を離れて、ダンテは天上にいたと語る。第10歌の最後で、魂たちは時計のように調和した動きを示しながら、妙音を発し、神の愛と地上の愛とが照応する祈りの時間を告げたが、ここで再び元の位置に戻り、アクィナスが説明を続ける。

 トマスは、彼の述べたばなかで「人が善を富ませる場所」(168ページ)、「二度とは生まれてこなかった」(同上)という表現にダンテが疑問を抱いたことを察知して、詳しい説明を始める。第11歌では最初の質問についての説明が語られる。

神慮は、あらゆる被造物の視線が
底まで見通すことができずに打ち負かされてしまうほどの
御心により世界を統治する。

その神慮は、高く叫びながら祝福の血を流して、
結婚した方の花嫁が
ゆるぎない心をもってそれまでよりさらに花婿へと忠実になり、

彼女の喜びを目指して進むよう、
彼女のために、その両面において導き手となる
二人の司令官を任命された。

一人は燭天使(セラフィム)のごとく全身が情熱に燃え、
もう一人はその知ゆえに、地上において
智天使(ケルビム)の光輝を放った。
(168-169ページ) 「高く叫びながら祝福の血を流して/結婚した方」はキリストを指し、花嫁は教会のことを言う。十字架に磔にされて血を流し「我が神、我が神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と大声で叫び息絶えた。これによって神と人類は和解し、人類の共同体「教会」とキリストとは結婚したというのである。
 「両面」とは傍注によると、「ゆるぎない心」である固い信仰心と「花婿」に「忠実」となってキリストの定めた戒律に慕うことである。
 神は、キリストの「花嫁」となった教会が神=キリストの意志に沿ってあるべき姿になるよう、「二人の司令官」、すなわち情熱に燃える「燭天使」のごときフランチェスコと、「智天使」の光を放つドメニコという2人の修道会の創設者を地上に送ったのである。

 それからトマスはフランシスコ会の創設者であるアッシジの聖フランシスコ(イタリア語ではフランチェスコ)の生涯について語り始める。フランシスコ(1181/82-1226)はアッシジの豪商ピエトロ・ベルナルドーネの子として生まれたが、無軌道な青春時代をすごしたのち、私財を貧者に与え、アッシジ司教の法廷で父を振り切り出家した。
そして精神の法廷において
父の前でその女性と一つになった。
その後も太陽はその女性を日ごとにますます強く愛した。
(172ページ) ここで「父」というのは神を代理する司教のことを言うと傍注に記されている。ここで「女性」と記されているのは、これまでの流れからいって、教会のことであろう。この時期、教皇庁は地上権力に固執して、封建的な支配体制を強化したため、一般の信者たちに救いの道を示すことができず、さまざまな異端が蔓延することになった。すなわち宗教的に人々の期待に応えられずに支持を失って、実は危機的な状況にあった。だからダンテは、ここで清貧によって教会の刷新を図ったフランシスコについて、トマス・アクィナスに語らせているのである。
この女性だが、最初の夫を亡くした後、
この太陽が現れるまで望まれることもなく
千百年以上も侮辱されて暗くくすんでいた。
(同上) 「太陽」はフランシスコを表す。キリストの死後1100年以上も教会は停滞していたという。「何の役にも立たなかったのだ」という詩句を繰り返しながら、ダンテはその停滞を強調している。

 キリストの十字架上の死によって人類の罪が贖われ、人類の共同体である「教会」が成立したというのは、一種の神話であって、歴史的には加藤隆さんが『新約聖書の誕生』で描いているような状況が展開されたのであろう。しかしながら、ダンテによる当時の教会とキリスト教信仰が直面していた危機の認識と、それを打開すべき存在としての修道会、特にフランシスコ会とドメニコ会への期待とは、彼の同時代への洞察が本質的なものを見抜いていたことを示すように思われる。 
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