『太平記』(140)

1月9日(月)朝のうちは雨が残っていたが、その後次第に晴れ間が広がる。

 後醍醐天皇を迎え入れた延暦寺に対抗するため、足利方は、戒壇の造営を約束して三井寺を味方につけた。建武3年(1336)正月13日、北畠顕家率いる奥州・関東勢が比叡山の宮方に合流した。三井寺に攻め寄せた宮方は、細川定禅の軍勢を追い落として伽藍に火をかけた。

 いったん都を追われた宮方の反攻がここから始まるのだが、『太平記』の作者はここでそのまま戦況を描写するのではなく、三井寺の梵鐘をめぐる説話を持ち出してくる。
 これまで何度か三井寺は比叡山の攻撃を受けてその伽藍を炎上させてきたが、その際には9つの乳頭状のいぼのある釣り鐘を地中に埋めて隠してきた。今回はそのようなことをしなかったために、釣り鐘は、焼けて地に落ちてしまった。この鐘というのは、竜宮城から伝えられた鐘である。

 なぜ三井寺にこの鐘が伝わっているかというと、年号が承平(じょうへい)といった頃(=931~938)、俵藤太秀郷という人物がいた。ある時、この秀郷が、ただ一人で瀬田の橋を渡ろうとしたところ、長さ20丈(約60メートル)ばかりの大蛇が橋の上に横たわっていた。両方の目はらんらんと輝き、太陽が2つあるように見え、頭上には長い角が生え(ということは、ただの蛇ではないことが示されている)、鉄の牙が上下に生えていて、深紅の舌は炎を吐くように見えた。もし尋常の人がこれを見たならば、目がくらみ、気を失って、たちどころに地面に倒れ伏すに違いないという恐ろしい様子であった。

 しかしながら、秀郷は天下一の剛勇の士であったので、まったく動揺した様子を見せず、その大蛇の背中を荒っぽく踏みつけて、静かにその上を超えていった。ところが、大蛇の方も特に驚いた様子を見せず、秀郷も後を振り向くことをしないで、さらに進んでいったところ、異様な様子の小男が1人、突然、秀郷の前に現れ出て、次のように述べた。
 私はこの橋の下に住むこと、すでに2000年以上になり、橋の上を行き交うさまざまな身分の人々を見てきましたが、貴殿ほどの剛勇な人をこれまで見たことはありませんでした。私には年来土地を争っている仇敵がおりまして、ややもすればその敵のために悩ませれています。そこで、貴殿にその敵を退治していただきたいと思います。
 以上のようなことを丁寧に申し出たので、秀郷は、他には何も言わずに「承知した」と引き受けて、この男の後について、また瀬田の方に戻っていった。

 2人はともに琵琶湖の湖水を分けて、水中を歩いて50町(約5キロ余)ほど行ったところ、1つの楼門(上に高殿のある門)があった。その門を開けて中へ入ると、紺色の宝石である瑠璃が砂のように地面に敷き詰められ、玉が足元の道の敷石として使われ、落花がはらはらと散り乱れている。朱色に塗られた楼閣、紫色に彩った宮殿、その欄干は玉で作られ、鐺(こじり=屋根を支える垂木の先端に付ける飾り金具)は金であり、柱は銀で作られていた。その壮観綺麗は、秀郷がこれまで見たことも聞いたこともないものであった。
 案内してきた異様な姿の男は、まず奥の方に入っていって、一瞬のうちに貴族の正装である衣冠を整えて登場し、秀郷を客の座る上座へと案内した。左右に警護の役人たちが居並び、前後に華麗に装った美女たちが侍り、善美を尽くした宴会が開かれた。宴会が数時間に及び、夜も深まってきたが、そろそろ敵が押し寄せてくる時間であると、宴会の席が乱れて騒ぎが始まった。

 秀郷は、これまでずっと肌身離さず持ち続けてきた5人がかりで張る強い弓に、弦に絹糸をまき、漆を塗り固めた弓弦をつけ、それが滑らないように口に含んで湿らせて、三年竹の節目の詰まった矢竹を15束3伏という長さに拵えて、矢じりの根を矢の弓弦に当てる部分まで貫き通した矢を3本だけ選んで、今や今やと待ち構えていた。(このあたり、秀郷が普通以上に強い弓を持っていて、それに長い矢をつがえて怪物を退治しようと待ち構えていたということであるが、弓についての知識がないので、いい加減に口語訳している。心得のある方のご教示を乞う。)

 夜半過ぎに風雨が激しくなってきたかと思うと、しきりに稲妻が光。しばらく会って、比良山の方から、たいまつを2,3千が程2行にともしたような明かりが見え、その中に島のようなものが竜宮城をさして近づいてきた。落ち着いてよく見ると、この2行のたいまつは怪物の左右の手にともしたものと分かった。なんと、これはムカデのばけものであるのかと了解して、矢を射あてるのにちょうどよい距離になったので、先に述べた五人張りの強弓に十五束三伏という長い矢をつがえ、矢の長さを忘れるぐらい、一杯に引き絞って眉間の真ん中をめがけて矢を射る。哲を射た時のような、手ごたえの音が聞こえたのだが、矢が逆向きに跳ね返ってきて、相手に突き刺されない。秀郷は、一の矢を射損じて、面白くない気持ちでいっぱいになって、二の矢をつがえ、また先ほどと同じところを狙って弓を射るが、この矢もまた第一の矢と同じく、跳ね返って、少しも相手に突き刺さらない。

 秀郷は2本の矢を使ってしまい、頼むはあと1筋の矢だけになった。どうすればよいかと思っていたが、ふと思いついたことがあって、矢を射る前に自分のつばを吐きかけて、また同じ場所をめがけて矢を射た。ムカデやクモは人間のつばを受けると死ぬということのためか(これは俗信だそうである)、同じところに3度まで矢を受けたためであろうか、この矢はムカデの眉間の真ん中を通って、のどの下までも貫き通した。2,3千本は見えていたたいまつも、光がたちまちに消えて、島のように見えていたものも倒れる音が大地に響いた。近づいてこれを見ると、果たして大ムカデであった。

 竜神は秀郷が大ムカデを退治したのを喜んで、秀郷を様々にもてなして、巻絹を1つ、鎧一両、口を結わえた俵1つ、赤銅の推鐘(つきがね)1つを与えて、貴殿の子孫からは、必ず将軍になる人が多く出るでしょう」との言葉を贈る。秀郷が都に帰って後、この絹を切って使うと、尽きることがない。俵は中身を出しても出しても尽きないので、財宝は蔵に満ちて、衣装は有り余った。それで、彼の名を俵藤太というようになった。俵は産業の財だからといって、米蔵に収め、金は寺のものであるからと、三井寺にこれを奉納した。

 文房3年に延暦寺僧たちが三井寺を襲い、この鐘を奪って比叡山に持ち帰って朝夕これを撞いたのだが、一向に鳴らないので、山法師たちはこれを憎んで、どうしても鳴らせてみようと、巨大な撞木をこしらえて、2・30人がかりで鐘が割れてしまうほどの強さで撞きたてた。そのときに、この鐘は鯨が吠えるような声(そんな声があるのかね⁉)で「三井寺へ行こう」となった。比叡山の衆徒たちは、いよいよこれを憎んで、比叡山の別所である無動寺の上から、高い岩の上を転ばせたので、鐘は2つに割れてしまった。いまさら何の用に圧だろうかというので、その破片をとり集めて三井寺へと送り返した。ある時、1尺ばかりの小さな蛇がやってきて、この鐘を尻尾で叩いていたが、一晩のうちにまた元の鐘になって、どこにも傷が見つからなかったということである。

 今回の三井寺合戦が終わったのちに、この鐘を寺の上、一の坂に埋めて隠していたのであるが、4月のころ、後夜(夜半から夜明けまで)に鳴らす鐘の音がたしかに聞こえてくるので、あちこちに逃げ隠れていた三井寺の衆徒は、これを聞いて、三井寺はこの御代でそのまま終わってしまうことはない、将軍(尊氏)が戻ってきて、寺が再興されるだろうと、心強く思ったことであった。それで、この鐘は今に伝わって、その音を聞く人は、煩悩のために永遠の夜の闇に閉ざされたこの世の夢から覚め、弥勒菩薩がこの世にやってきて衆生を救う日を待つのである。まさにこの鐘こそは天下に並ぶもののない重要な宝である。

 それだけでなく、寺の敷地を比叡山の僧兵3人が与えられて、山の木を切って薪にし、寺の坊舎を破壊し、残らず切り取ったのだが、その際に三井寺の鎮守である新羅明神社の森を切ろうとしたものは、たちまちに目が見えなくなり、鼻血を出し、手足がもげてしまい、木の枝1本も取れなかったことも不思議なことであった。

 豊田武『英雄と伝説』(塙新書)によると、藤原秀郷のムカデ退治の伝説が最初に語られているのは、この『太平記』で、その後室町時代に成立した『俵藤太物語』によってさらに形を整えたそうである。ここで大蛇は竜神の化身であるが、その後の伝説では竜女ということになる。また大ムカデは比良山の方から現われているが、その後の伝説では逆方向の三上山から出現することになる。歴史上の藤原秀郷は、東国で中央政府に対する反乱を起こした平将門を、彼の従弟である平貞盛と協力して討伐したことで知られる。『太平記』では竜神から貰った俵のおかげで富栄えたので、俵藤太というようになったといわれているが、近江と山城にまたがる、瀬田川沿いの田原荘を本拠といたことから田原藤太といったというのが本当のところのようである。彼自身と、彼の子孫から鎮守府将軍になった武士は出ているが、子孫中の一番の有名人は西行であろう。また、『太平記』にしばしば登場する、結城氏、小山氏などの武士たちも、秀郷の子孫である。なお、竜宮というのは竜神の住むところで、『太平記』第12巻の神泉苑をめぐる空海と守敏の物語に描かれているように、竜神はあちこちにいるから、琵琶湖の竜神がいて、竜宮があるのは不思議ではないので会える。
 前回は三井寺のことがあまりよく描かれていなかったが、今回は、三井寺にも不思議な守護の力が働いていることを述べて、その顔を立てた形になっている。次回はいよいよ、京都での合戦の様子が語られることになる。
 
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