『太平記』(137)

12月17日(土)晴れ

 建武3年(1336)、京都に迫ってきた足利尊氏の軍勢と、大渡・山崎で戦った新田義貞の軍勢は敗退し、後醍醐天皇は都を捨てて比叡山に臨幸された。勢多(瀬田)を守っていた名和長年は、いったん都に戻り、内裏を焼き払った。正月11日に足利尊氏は入京したが、持明院統の皇族方も比叡山に移られていたために、院として戴くべき方が見いだせず、今後の政局運営について思い悩んだのであった。後醍醐天皇の寵愛を受けて三木一草の1人に数えられた結城親光は、わざと降参して足利尊氏を討とうとしたが、使者である大友貞截に武装を解くように言われて、大友に斬りつけて重傷を負わせたものの、大友の家臣たちに討ち果たされた。(大友は翌日死去した。) 〔以上で14巻が終わる。〕

 比叡山では後醍醐天皇を迎え入れ、東北・関東地方の武士たちを集めた北畠顕家の軍勢が到着するのを待とうとしているという情報を得て、足利方は義貞の味方が増えないうちに比叡山の東麓の東坂本を攻めようとして、足利一族で四国から攻め上ってきた細川定禅とその一党6,000余騎を三井寺に向かわせた。歴史的に、比叡山と三井寺とは対立抗争を繰り返してきたので、三井寺の僧兵たちは足利方を裏切ることはないだろうという見通しがあったのである。したがって、もしここで戦果を挙げれば、三井寺が宿願としてきた戒壇造営について協力すると約束をしたのである。(戒壇は僧侶を得度させる=戒を授けるための壇であり、東大寺、大宰府の観世音寺、下野の薬師寺に設けられ、その後、比叡山にも造営された。岩波文庫版の脚注によれば、戒壇を造営することが宗派としての自立を意味するということであるという。)

 ということで、『太平記』の作者は三井寺が比叡山の円頓戒壇に対し、密教系の三摩耶階段を造営しようと長年朝廷と幕府に働きかけてきた経緯を語る。何度か天皇には認めていただいたのだが、そのたびに比叡山の僧兵たちが押しかけて反対し、取りやめになっていたのである。同じ最澄の弟子である円仁の流れをくむ山門派と、円珍の流れをくむ寺門派とは平安時代から対立してきた。そのため、三井寺は延暦寺の僧兵によって7度も炎上してきた。近年はそのため、戒壇造営についての要求をしていなかったが、そのためかえって三井寺は繫栄していた。ところが、足利尊氏がここで軽率に戒壇の造営の問題を持ち出したので、三井寺にとっては思わしくない事態が到来することになると『太平記』の作者は述べている。

 奥州に派遣されていた北畠顕家は、尊氏・直義兄弟を討伐するために京都から向かった新田義貞の軍に呼応して東北から鎌倉を攻めるつもりであったのが、大軍を動かすことが簡単ではなく、その遠征の途中で合戦になったことが何度もあったために、箱根の合戦には間に合わず、尊氏が鎌倉から京都に向かったと聞いて、その後を追って昼夜兼行で都へと急いでいた。越後、上野、常陸、下野に散らばっていた新田一族、鎌倉幕府の有力御家人だったが官軍に投降していた千葉氏、宇都宮氏の武士たちが加わり、軍勢は5万余騎を数えていた。鎌倉から西の方面では、行軍を妨害するものもいなかったので、正月13日には近江国愛智川宿(滋賀県愛知郡愛荘町にあった宿場)に到着した。

 その日、大館幸氏、佐々木時信が立て籠もっていた観音寺城を攻め落とし、500余人の首級をあげる大勝を収めた。翌日、早馬を仕立てて、勝報を坂本にいる味方に知らせたところ、これまでの敗戦に元気をなくしていた後醍醐天皇や官軍の武士たちは大いに喜び、士気を回復したのであった。そこで延暦寺の僧祐覚に命じて、琵琶湖で使われている船を700艘選んで、科の浜(草津市志那町の琵琶湖岸)から一日のうちに湖を渡らせたのであった。宇都宮氏に属する紀氏、清原氏の流れをくむ武士たち500騎も宇都宮の惣領である公綱の命令により従軍していたが、公綱が大渡合戦で足利方に降伏していたために、隊から離れ、京都へと向かったのであった。
 観音寺城は近江南部の守護を務めてきた佐々木六角氏の居城である。佐々木時信は、六波羅探題の一行が鎌倉に向かおうとした際に、加勢に向かえずに宮方に降伏していたが、建武の乱では足利方についていた。近江北部の佐々木京極氏の道誉が尊氏の盟友として活躍したのに比べて、その動きは冴えない。北畠顕家の軍が湖を渡ったのは、湖南の三井寺を本拠とする足利方との衝突を避けたのであろう。顕家は親房の子で、武士ではなく公家の出身であるが、政治的・軍事的な才能があったようで、その働きは官軍にとって大きな力となった。顕家はこの後、また奥州に戻るが、さらにまた上洛、長距離の行軍を繰り返している。村井章介さんも指摘しているが、顕家に限らず、このような行軍の道筋にいた庶民たちはそのために略奪を受けたりして大いに苦しまされたのであった。
 奥州・関東の宮方の武士を集めた顕家の軍勢の到着により、戦闘は新たな局面を迎えるが、それはまた次回。
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