切り子の詩

12月3日(日)晴れ

 ユーロライブで『切り子の詩』を見る。実はル・シネマで上映中の『ブルゴーニュで会いましょう』を見に出かけたのだが、開映時刻に間に合わなくなったので、シネマヴェーラ渋谷の『海底から来た女』、『人魚伝説』の2本立てとどちらにしようかと迷い、こちらを選んだのである。こちらを選んでよかったと思う。

 監督である近兼拓史さんによると、この映画の題名の「切り子」は、鉄工所などで切り出される「切り粉」(きりくず)に「敬意を表して」作り出した造語だそうである。大きな機械はさまざまな部品の組み合わせであり、機械の製造・組み立てには道具がいる。産業を支える大きな機械の働きも大事であるが、その陰に、部品や道具を作っている(主として中小の)企業の目に見えない努力がある。この映画は、そうしたなかなか見えにくい努力を続けている人々の仕事ぶりと家庭生活に目を向けた作品である。

 関西に本拠を置き、工作機械や設備を扱っている商社の営業マンである父・澤田敏行は全国を走り回って仕事を展開し、家を空けることも多い。何が何でも製品を売りつけるというのではなくて、相手の身になって長い目で見ての企業の発展を考える姿勢により多くの顧客から信頼されているのだが、営業成績はあまり伸びない。それでも社内や取引先の人々の話し相手になって助言を与え、それだけでなく地域の子どもたちのための活動に参加している。同僚であるカズ(KAZZ)は営業実績ナンバーワンであるが、そういう澤田の仕事ぶりに敬意をもっている。

 父親が不在がちな家庭を守るのは専業主婦の母・みほ(とみず・みほ)は、近くに住むカズの妻・真奈(永津真奈)と仲がいい。子どものいない真奈はみほを羨ましがっている。その子ども・幼稚園児の鈴音(べるぬ)はダンゴムシが好きなやんちゃ坊主でいたずらを繰り返すが、父親の仕事がまだ理解できず、なかなか遊んでくれないことが不満である。みほが長年乗り回した自転車が修理不能になり、新たに電動の自転車を買いたいというと、あっさりOKが出る場面などから察して、あまり経済的な悩みはないらしい。

 敏行が鈴音に話して聞かせているところから推測して、彼はジュール・ヴェルヌの『海底二万海里』が好きで、本棚にもこの書物が収まっているのが見えたから、「べるぬ」という名前もそのための命名であろう。ある日、彼は得意先の企業から緊急に部品の発注を受ける。それは深海調査船「深海6500」プロジェクト関連の部品であった。納品期限は翌日の朝、敏行は無理のきく知り合いの業者に頼み込んで、深夜に部品を完成してもらうと、自分で車を運転して横須賀の海洋研究開発機構まで部品を運ぶ。ストーリーの起伏の少ないこの映画の中で、この場面がクライマックスになっている。高速道路で通り抜けていく都市名と時刻とが表示されて、緊迫感を盛り上げる。

 物語はフィクションであるが、実在する企業が実名で登場し、その仕事ぶりが紹介されている。映画制作にあたり、全国12都市で50回以上の取材と250時間以上のロケが行われたという。私が昔働いていた職場の近くには、ここで登場する企業よりもさらに規模の小さい町工場のような企業が少なからずあったし、もう50年近くあっていない中学・高校時代の友人の1人が産業資材の専門商社の社長をしていることを思い出して、懐かしい気持ちになったりした。

 これらの企業の抱える様々な問題が広い視野で、また深く検討されるということはなく、全体として、明るく前向きの努力が強調されている。企業のPR映像をつないで作られたような作品であるという悪口も聞かれるかもしれない。主人公の仕事ぶりよりも、性格が評価されるという物語の展開は楽観的に過ぎるという意見もあるあろう。そうはいっても、敏行が務める会社のOLが上司の噂をする場面など漫才風の語りが楽しく、映画の終わり近くの敏行一家が転勤することになって(どこに転勤することになるかは、見てのお楽しみ)お好み焼き屋で開かれる送別会の場面など人情喜劇の面白さ満載である。

 近兼監督は2015年に『たこ焼きの詩」という映画をとみずみほ主演で監督しており、彼女の他にも、両方の作品に顔を出している出演者も多い。一方でドキュメンタリー風、もう一方で関西流の味付けのされた人情喜劇のどちらの方向へと向かっていくのか、あるいはその両者を巧みに組み合わせた新たな方向が確立されていくのか、興味のあるところである。
[4階にシネマヴェーラ渋谷、3階にユーロスペースがある円山町のKINOHAUS2階のユーロライブで12月7日まで上映。4,5,6日は17:50からと20:20からの2回、7日は10:20からの上映。是非、ご覧ください。〕
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