にあんちゃん

11月23日(水)曇り、夜になって雨が降り始める

 神保町シアターで「今村昌平を支えた職人魂 姫田眞左久」の特集上映から『にあんちゃん』を見る。

 映画館の壁に、姫田(1916-97)が撮影監督を務めた162本の映画の映画の一覧が貼り出されていたが、私が見ているのはわずかに27本(ちょうど6分の1)である。この特集上映を機会に、もう少し数を伸ばそうと思う。

 『にあんちゃん』は1958年に光文社のカッパブックスから発売され、当時のベストセラーになった安本末子の原作の映画化であり、佐賀県の小さい炭鉱で暮らす4人兄妹が、父親の死後、貧しさの中たくましく生きる姿を描く。題名となった「にあんちゃん」は2番目のあんちゃんということで、4人兄妹の次男である高一を末子がこう呼んでいるのである。
 もともと田坂具隆が監督するはずであったのが、田坂が日活を去ったため、今村昌平が監督することになった。彼と池田一朗が脚本を担当し、1959(昭和34)年の芸術祭参加作品となり、文部大臣賞を受賞した。この時、今村は文部大臣から賞を受けるような健全な作品をつくったことを反省したという。

 1953年から54年にかけては朝鮮戦争による特需も終わり、その後の不況時代、石炭産業は操業の短縮を余儀なくされ、従業員の解雇が続いている。特に不況の影響がはっきりと表れる小規模な炭鉱の事態は悲惨である。父親を亡くした安本家の長男喜一(長門裕之)、長女良子(松尾嘉代)、次男高一(沖村武)、次女末子(前田暁子)の4人兄妹の場合、臨時雇いの喜一の収入だけが頼りだが、それでは心細く、父親の友人の辺見源五郎(殿山泰司)や地域の保健婦・堀かな子(吉行和子)が、辺見の旧友である会計課長の坂井(芦田伸介)に掛け合って、正規の社員に採用してもらおうとしたのだが、不況で、昇格どころか馘首されてしまう。

 喜一は長崎に働きに出かけ、良子は唐津の精肉店で働くことになり、下の2人は辺見に引き取られることになるが、辺見の妻は露骨に嫌な顔をする。不況は次第にひどくなり、ストライキが起きたりするが、人員削減か閉山ということになると、削減を選択せざるを得ない状況で、辺見はけがをして、炭鉱では働けなくなる。高一と末子は、父親の別の知り合いに引き取られることになるが、そこでの暮らしのひどさに耐えかねて脱出、また炭鉱に戻ってくる。ちょうど夏休み中なので、高一は兄の友人の金山春夫(小沢昭一)の紹介してくれたいりこ屋(大滝秀治)でアルバイトをして金を稼ぐ。末子は坂田の婆(北林谷栄)のもとで生活する。高一は稼いだ金で切符を買って東京に出て働こうとするが…。

 炭鉱町で暮らす人々の間には一種のピラミッドができていて、坂井のような管理職、正規の従業員、臨時雇い、そして坂田の婆や金山のように周辺で怪しげな仕事に従事している人々がいる。苦しい生活を何とかしようと、炭鉱の従業員だけでなく、その家族までも巻き込んだ争議が展開されるのだが、事態は打開できない。保健婦や学校の先生は、異動があるのでこのピラミッドの外にいる。ある程度自由に物が言えるが、地域の人々から本当には信頼されない。

 貧困の中で暮らす人々は目先の収入以外のことが考えられなくなっている。解雇された喜一は酒を飲んで家に帰り、妹に教科書を買う代金を出せという高一と喧嘩をする。4人兄妹の中で喜一は目先の生活しか考えられなくなっているし、良子はおとなしく兄の言うことを聞いているが、高一はそうではない。弁当も持たずに学校に通っているとは言うものの、兄妹のことを気にかけているらしい小学校の桐野先生(穂積隆信)が言うところでは学校の成績がいい高一は、先のことを考えている様子なのである。炭鉱町の劣悪な生活条件、特に衛生状態を改善しようと保健婦は奔走するが、炭鉱の人々の目先の生活の邪魔をするということで嫌がられる。辺見もそんな1人なのだが、高一に説得されて考えを変える。東京行きの顛末はここで語らないが、映画に描かれた経験を通じて、高一は現状を打開するためには、自分自身の力量形成が必要だと気づいていく。

 実際に炭鉱町でロケを行った撮影場面が、貴重な証言となっているが、芸達者な俳優で脇を固めて、4人兄妹、特に下の2人には自然な演技を期待している今村の演出も注目される。この2年後に新東宝で製作された『「粘土のお面」より かあちゃん』は都会の貧困を描いていた(豊田正子の原作は戦前に書かれており、戦後の映画化なので、多少現実から離れているところがあるかもしれない)が、監督の中川信夫が正子に二木てるみ、母親に望月優子、父親に伊藤雄之助という配役で中心となる一家の方に力点を置いているのと対照的に思われる。(実は、1961年に『にあんちゃん』がフジテレビでドラマ化された時に、末子の役をやっているのが二木てるみなので、2つの役を演じた印象をご本人から聞いてみることができればなぁと思う。) 『かあちゃん』で正子をかわいがる学校の先生(北沢典子)も途中で転勤してしまうところが、『にあんちゃん』の保健婦と共通しているが、一方が都会から地方への転勤であるのに対し、もう一方が地方から都会への移動であるのが違っている。おそらくは演出の違いのためであろうが、『かあちゃん』が家庭劇だとすれば、『にあんちゃん』は社会劇だというくらいの視野の広さの違いも感じられる。視野が広いからいいというものでもないし、今村としてはいろいろ不本意な部分もあったかもしれないが、映画作りのいろいろな可能性を感じさせられたことは否定できない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR