柳田国男『日本の祭』(1)

4月26日(金)晴れ、夜になって一時雨が降ったようである

 午後、『舟を編む』を見に出かけるつもりだったが、雷雨になるという予報を真に受けて見に出かけなかった。そのうち出かけることにしよう。

 柳田国男『日本の祭』(角川ソフィア文庫)を読んでいる。巻末の「新版解説」で安藤礼二さんは「柳田国男がたった一人で創り上げてしまった民俗学という新たな学問がいったいどのような可能性をもつものであったのか、おそらくは最も体系的に説明してくれる稀有な書物である」(257ページ)とこの書物の性格をまとめている。次から次へと発想を展開していく語り口の多い柳田がここでは、かなり体系的に自分の研究成果を述べているのは、戦時下に大学生、それも理工農医の学生が多く集まった中で行った講義に基づいているからであろう。

 本題に入る前のまえおきのような形で展開されている「学生生活と祭」は、大学の学園祭の話ではもちろんなくて、研究対象としての「祭」に大学生はどのように取り組むべきかを述べようとするものである。それに先立って、柳田は大学と大学生について注目すべき意見を述べている。

 柳田が大学生であった明治時代と、講義が行われた1941(昭和16)年では学生生活の様相は異なっている。しかし変わっていない部分もあるのである。明治と比べてどころか、「遠くは平安朝の大学生と比べても、さして大きなちがいのない点もありうる」(9ページ)とさえ言う。「この昔から現在へと変遷したものを、明らかにすることももちろん歴史であるが、それと同時にその千年以来を一貫した何物かのあることを知らず、時さえ過ぎれば何でもかでも、必ず変わっているにちがいないと即断してしまわぬように、注意させてくれるのもまた歴史の学問である」(同上)とも述べる。これは少なくとも2つの点で注目に値する意見である。

 まず平安朝時代の大学と明治以後の大学とを同一視しているとはいえないまでも、共通性のあるものとする見方である。大学は文明開化の一環として欧米から輸入された制度であるという考えを彼は受け入れていないように思われる。もう一つは、歴史には変化を研究する側面と、変化しない一貫したものを研究する側面とがあるという主張である。

 歴史が国民全体の普通教育の不可欠の部分となっているのは、なぜか。「これによって我々は今までよりももっと賢くならなければならぬのである」(11ページ)。伝統と向き合うことによって我々は賢くなることができるはずである。そのような探求の対象として「祭」を取り上げるという。

 柳田は「日本の祭」を論じるまえおきとして、日本社会での学問と学生のあり方が特定の社会層に限定されたり、あるいは現実の社会から遊離した道楽であったりしたことを述べる。しかし、大学生について考えても、高等教育の勉学の成果よりも家庭や学校外の社会生活を通じて身につけた生活の知恵の方が実社会では貴重な役割を演じることが多い。そのよう知恵を蓄積してきた現実の生活と向き合うべきであると論じる。

 その際に問題となるのは、民衆が自分たちの生活を卑下して新しい学問を盲信してしまう傾向、その一方で学者が身近な問題に目を向けない傾向である。柳田はどんな人間のすることにも動機はある、それをあっさり蒙昧などと片付けてはならないと説く。

 そこで社会律として浸透していたものが3つあり、1つは婚姻にかかわるもの、2つ目が共同労働に関する法則、そして3つ目が祭であるという。そのなかである種の楽しさをもって語ることのできるのは「祭」であり、それがこの問題を取り上げる理由であるとしている。

 柳田がこのように論じたのは70年以上前のことであり、この3つがそれぞれかなり変容していることに気づくはずである。と同時に、やはり連続性を最も強く感じるのが祭ではないかとも思う。

 以下に続く日本の祭についての議論はまた別の機会に紹介することにしたいが、柳田が一方で学問は社会に貢献すべきことを説き、他方で愉しみのある探求でなければならないとしていることを確認できたのが、今回の収穫であった。

 
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