続 警察日記

11月21日(月)曇りのち雨

 東京都内の病院に出かけ、予定よりも到着したために早く診察が終わり、会計もすぐに済み、薬局もいつもより早く薬を出してくれた。そういう事情で時間の余裕ができたので、神保町シアターに映画を見に行くことにして、「今村昌平を支えた職人魂――キャメラマン・姫田眞左久の仕事」の特集上映から、久松静児監督の『続警察日記』(1955、日活)を見た。『続』とあるのだが、森繁久彌が主演したという『警察日記』は見ていないし、登場人物を入れ替えて制作したというこちらの続編も見るのは初めてである。(さらに付け加えると、映画のタイトルでは『續 警察日記』と旧字体が使われている。) この映画が封切られた時に、私は小学生であったのだが、今、見てみると「懐かしい」以前という感想をもつ。思い出そうとしても、思い出せない過去の物語という感じである。

 福島県会津地方の小都市とその近郊の農村が舞台で、そのあたりを管轄する警察署の警察官たちが遭遇する事件と、その関係者の人間模様が描かれている。最初のうちは、列車の進行を牛が妨害するというような「牧歌」的な事件が描かれているが、線路に寝転んで自殺を図る若い女性が登場したり、米泥棒を働いたかどで留置されている貧乏な中年男が功を焦る警官に自白を強要されたり、次第次第に物語は深刻になっていく。それでも、女にもてる一方なのに金がないので、贋金を使った男が登場したり、町会議員のスキャンダルが飛び出したりと物語はあまり暗くならず、むしろ喜劇的に展開していく。

 警察の部長(伊藤雄之助)は豊かな経験にものを言わせて、それぞれの事件を巧みにさばいていくのだが、次から次へと難題が降りかかってくる。貧しい暮らしの中で、途方に暮れて警察署にやってくる者がいる。妻子を身売りさせて借金を帳消しにしようとする者もいる(この時期、まだ売春防止法は布かれていない)。米泥棒の犯人にされた男には娘(新珠三千代)がいて、身売りの現場を押さえた警官の手で一度は親元に戻っていたのだが(このエピソードだけ、回想場面として描き出されている)、父親と喧嘩して家を飛び出してしまう。そして、警察が逮捕した指名手配中の犯人が通い詰めて、金を使い果たした相手の女が彼女であった。

 米泥棒の真犯人が見つかり、逮捕され、釈放されていた男は無実だと分かるのだが、自分が縄目を受けた屈辱に耐えかねて自殺してしまう。警察に参考人として連れてこられた娘は、そこで初めて父親の死を知る・・・。

 町の有力者による会議の席上で警察署長が居眠りをしていたり、警察署に駆け込んできた妊婦が出産し、その赤ん坊を偽助産婦だとして連行されてきていた女性(北林谷栄)が取り上げるというような喜劇的な場面があるとはいうものの、冤罪事件という警察の黒星が明るみに出て、大きな(というよりも社会的な地位の高い人間の犯した)悪は見逃し(あるいは見逃さざるを得ず)、小さな(というよりも社会的な弱者にかけられた)悪(もしくは嫌疑)に対しては過酷に対処するという警察の問題点が明らかにされてゆく。それが警官自身の側から描き出されているのだから、どうもやりきれない。
 
 まだ蒸気機関車が走り、馬が荷車を引っ張り、電化製品はほとんど使われていないという過去の時代の物語として、この映画を自分たちとは無縁のものと切り捨てるのが正しいのか、まだまだ人情が厚かった古き良き昔の話として懐かしむのが正しいのか、あるいはそれ以外の見方を探るべきであるのか。喜劇も悲劇も社会性も織り込んだ映画であるだけに、判断に苦しむところがある。最後の方で新珠三千代が見せる放心したような表情が映画のすべてを物語っているといえそうである。松本清張がこの女優を贔屓にしていて、自分の作品の映画化に出演させたいと思いながら、実現しなかったという話を思い出す。私も新珠の演技には舌を巻くところがあるのだが、物語に良心や希望を持ち込む役どころで出演している芦川いづみの方が好きである。これは好みの問題だから、仕方がない。 
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