橋本雅之『風土記 日本人の感覚を読む』

11月16日(水)曇り

 11月15日、橋本雅之『風土記』(角川選書)を読み終える。現存する5か国の『風土記』を丁寧に読み込んで、実証的に議論を展開している注目すべき書物である。この書物の目的について、著者は「本書は、古代の各地に残るさまざまな伝承を伝える『風土記』から見えてくる歴史と文化の広がりに目を向けて、古代史研究者や古代文学研究者の間でも、いまだに根強くある記紀を中心とした『記紀史観』とでも評すべき歴史観とは異なる、『風土記』から見た古代史、いわば『風土記史観』を通してみた日本文化論の構築を目指すものである」(7ページ)と書いている。この目的設定や、「記紀史観」というとらえ方には多少の疑問は残るものの、『風土記』のテキストを読み込むことによって、古代のこれまでは見えてこなかった姿を掘り起こそうという意欲は評価に値する。

 この書物は次のように構成されている:
はじめに
第1章  「風土記」とはなにか
第2章  「風土記の時間」
 序説
 第1節 「風土記」の時間認識――「古」「昔」「今」
 第2節 神の歴史――オオナムチ神話の国作り――
 第3節 天皇の歴史――風土記の巡行伝説――
 第4節 祖先の歴史――「祖」「初祖」「遠祖」「始祖」「上祖」の世界――
第3章 「風土記」の空間
 序説
 第1節 神話の空間認識
 第2節 里長の役割と「里の伝承」
 第3節 巡行伝承の空間的再配置
第4章 「風土記」から見た日本文化
 序説
 第1節 松になった男女の「罪」と「恥」
 第2節 天女の追放
終章 「風土記史観」で見た古代の日本
おわりに

 第1章では、奈良時代に編纂された「風土記」とはどういう文書であるかということを概観する。『続日本紀』には和銅6(713)年に大和朝廷が地方の国々に対して発した命令が記載されており、これが「風土記」の編纂を指示したものと考えられている。そこで求められている報告事項は
 第1項目 諸国の郡および郷の地名に好き字を付けること→行政地名の確定
 第2項目 郡内の鉱物植物動物のリストを挙げること。  →生産経済の把握
 第3項目 地味の肥沃状態を記すこと。           →農業耕地の把握
 第4項目 山川原野の地名由来を報告すること。     →自然地理の把握
 第5項目 故老相伝の出来事を報告すること。       →各地歴史の把握
ということであり、地方の行政や経済政策の運営を考える上での基本情報を収集することを目的としていたと考えられる。

 この官命に基づいて朝廷に提出されたと考えらえる「風土記」の中で、現在まとまった形で残っているのは『播磨国風土記』『常陸国風土記』『出雲国風土記』『肥前国風土記』『豊後国風土記」の5か国の風土記であり、その他は散逸してしまっているが、鎌倉時代に成立した『万葉集註釈』や『釈日本紀』などに、上記以外の「風土記」が断片的に引用されており、そのような逸文からも古代の各地についての多くの情報を知ることができる。

 ところで現存する5か国の「風土記」を読んでみると、上記の5項目をすべてもれなく記述しているわけではないが、その中で、5か国の「風土記」がそろって記述に力を入れているのは、第4項目の地名の由来と、第5項目に挙げられた古老の伝承である。地名起源説話は「風土記」らしい特色を示すものであり、これらの説話と古老の伝承の中には、記紀には記されていない貴重な神話や伝承が残されている。例えば、皇祖神である天照大神は現存する「風土記」の中では『播磨国風土記』に1度登場するだけで、しかもその内容は記紀に記されたものとは大きく異なっている。また『古事記』が伝える高天原についても、『常陸国風土記』香島群の中に1例しか記載が認められないという。

 『出雲国風土記』には和銅官命の要求項目についてそれぞれ詳細な記録が残されているが、植物では生活に必要なものが取り上げられている一方で、桜と梅は全く登場していない。これは『万葉集』とは対照的である。そしてこのことの中に「風土記」があくまで行政文書として編纂されたことが読み取れるという。

 「風土記」の内容は多彩・多様であり、その一方で断片的な神話や伝承の寄せ集めになって下り、一貫性や統一性が見られない。しかし「記紀」の統一性と、「風土記」の多様性を見渡すことによって全体として古代日本の歴史が見えてくるのではないかと著者は論じる。

 第1章の最後に現存する『播磨国風土記』、『常陸国風土記』、『出雲国風土記』、九州風土記(『豊後国風土記』『肥前国風土記』)の成立の経緯や内容・特色などについて概観されている。九州については2種類の「風土記」が編纂されたらしいと考えられていること、それぞれの内容が『日本書紀』との関連性を示していることも触れられている。このほか、風土記逸文の中には浦島伝説、羽衣伝説をはじめ、記紀には残っていない独自の神話・伝説が記されていることも指摘されている。

 ここまでは「記紀史観」批判の部分や『風土記』研究への著者の情熱を吐露した部分は別とすると、通説の整理という感が強いが、第2章以下になると、著者の独自の見解が強く打ち出されることになる。特に、最近出された三浦佑之さんの「風土記」の研究に異論を唱えているところもあって、それぞれの主張についての詳しい検討が必要になるので、それは次回以降のお楽しみということにして、今回はここまでで紹介を打ち切ることにしたい。 
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