ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(6-2)

11月15日(火)曇り、時々晴れ

 ベアトリーチェに導かれて地球から天空へと旅立ったダンテは月天で誓願を果たさなかった人々の魂に出会ったのち、水星天に達する。ここで彼を迎えた魂は、東ローマ帝国の全盛期の皇帝であったユスティニアヌスであると名乗り、神が地上に下した鷲に例えられる全世界の統治権である正義がどのような変遷をたどってローマ皇帝の地位と結びついたかを語った。ユスティニアヌスの話は続く。

 カエサルの偉業を継承したアウグストゥス(この名前は本文中には登場しない)の時代に平和が実現したことに続いて、安定した統治で全世界を平和にした(と、ダンテは考えているが、ローマ帝国の版図は広大ではあるとはいえ、地球上のごくわずかな部分でしかない)ことよりも驚くべきこととして、第2代の皇帝(この叙事詩の中では「第三のカエサル」と呼ばれている)ティベリウスの時代のキリストの殉教が語られる。
なぜなら余に啓示を吹き込む生ける正義は、
余の言うその者の手の中にいた鷲に、
ご自身の怒りへ復讐する誉れを与えたからだ。
(98ページ) キリストの磔刑は、神の正義を地上で行うローマ皇帝がアダム以来の原罪を罰したものとされている。(ローマ帝国が神の正義を行ったのだという主張であるが、キリストの裁判⇒処刑は不当なものだったという考えもできる。)

 ユスティニアヌスはさらに続けて、次のように言う。
ここで今、余が汝へと説くところに驚嘆するがよい。
鷲はその後でティトゥス帝とともに進んだのだ、
原初の罪に対してなされた復讐へのさらなる復讐をとげるために。
(同上) ティトゥス帝(在位79-81)がその即位以前の70年にエルサレムを攻略・破壊したことを、キリストを殺害したユダヤ人への神の罰だと考えている。(キリストの殺害についてのローマの責任は不問にするどころか、正義を実現したとたたえ、ユダヤ人だけを悪者にしているのはどうもおかしい。)

 その後、キリスト教の迫害と、その後の国教化という歴史が続くのだが、そのあたりは省かれている。そしてキリスト教がヨーロッパを支配するようになった中世になってからの教会とローマ帝国の関係が述べられ、ローマ皇帝冠を与えられたカール大帝が教会を助けた事例が述べられる:
そしてランゴバルト族の牙が
聖なる教会を噛んだ時には、鷲の翼の下で
カール大帝が勝利し、教会を救った。
(98-99ページ)

 このようにローマ皇帝権と教会の関係を歴史的にたどってきたのは、その当時のヨーロッパ、特にイタリアにおける皇帝党と教皇党の党争が地上世界を混乱に陥れているからである。
一方の輩は黄金の百合を万民の旗印に対して
逆らわせ、もう一方の輩は党派のためにその旗印を私物化し、
ために、どちらの者どもがより誤っているか見分けることは難しい。
(99ページ) 「黄金の百合」はフランス王国で、教皇党はフランス王国をけしかけて神聖ローマ皇帝に逆らわせ、皇帝党は自分たちの利害のためだけに皇帝を担いでいるという。

 ユスティニアヌスは地上の混乱とその原因について語ったのちに、水星天にいる魂たちの性質について説明する:
この小さな星は
誉れある名声を獲得すべく活動した
善き霊達でその身を飾っている。

地上での名声に願望が執着する時、
それはこのために逸脱するがゆえ、当然ながら真の愛の光線が
輝きを減じて上方に上ることは避け得ぬ。
(100-101ページ) 水星の魂たちは地上の栄光を追い求めたため、その分だけ神への思いが減り、下から2番目の階層にいることになった。水星は神を暗示する太陽の光によって翳らされている⇒地上の栄光は神の栄光の前ではかすんでしまうというのである。

 最後にユスティニアヌスは、彼と同じく水星天にいるダンテよりも少し前の時代に活躍した南欧の武人で政治家のロミュー・ド・ヴィルヌーヴについて語るが、ここで語られている彼の運命は歴史的な事実と違い、おそらくはダンテ自身の人生と精神とが反映されているのではないかと翻訳・解説者である原さんは注記している。

 この第6歌は、ダンテの政治・国家と宗教・教会との関係についての思想がユスティニアヌスの発言に即して語られており、興味深い。ここで取り上げられた問題は、続く第7歌でさらに掘り下げられることになる。
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