ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(6-1)

11月8日(火)曇り

 ベアトリーチェに導かれてダンテは、地球の南半球にそびえる煉獄山の頂上にある地上楽園を飛び立ち、月天に達して、煉獄で出会ったかつての詩友フォレーゼ・ドナーティの妹であるピッカルダをはじめ、誓願を立てたがそれを果たせなかった人々の霊に出会った。彼らとの出会いを通じてダンテはいくつかの疑問を感じるが、ベアトリーチェはそれに対して明快な答えを与える。彼らはさらに飛翔して、水星天に到着した。そこで輝く魂が彼のほうに近づいてくるのを見た。ダンテはこの魂が何者で、水星天にはどのような魂がいるのかと尋ねた。

 魂はダンテの問いに答えた。第6歌は魂による答えからなっている。
「コンスタンティヌス帝が空の運行の道とは逆方向に
鷲を差し向けて以後、ちなみにその道こそはその鷲が、
ラウィーニアを娶ったかの原初の男の後に従ってたどったものだが、

百年に百余年を重ねた年月の間、
神の鳥はヨーロッパの東の果て、最初にそれが巣立った
山々のそばに留まった。

そして聖なる羽根の影で覆って、
人の手から手に渡る間も地上の世界を統治した。
紆余曲折を経て、こうして鷲はついに余の手に到来した。
・・・(90ページ)よく知られているように、3世紀ごろからゲルマン諸族のローマ帝国領内への侵入が激しくなり、330年にコンスタンティヌスはトラキア(ひいてはヨーロッパ)の最東端のビュザンティオンを都と定め、その名をコンスタンティノープルと改めた。「空の運行とは逆方向に」という表現で、ダンテはこの遷都が神意に沿わないものであったことを示している。「鷲」は神与のローマ皇帝権を象徴する。ローマ帝国の国章は単頭の鷲であったのが、東ローマ帝国の末期のパレオロゴス王朝時代に双頭の鷲が使われるようになった。双頭というのは、東ローマ帝国に加えて西ローマ帝国も自分たちの支配に属するという意味があったらしい(実情とは遊離していた)。なお、神聖ローマ帝国とハプスブルク家、ロシア帝国も双頭の鷲を紋章としていた。
 「かの原初の男」はローマ建国の英雄アエネーアース、ラウィーニアはその妻。小アジアにあったトロイアの滅亡後に、その王子であったアエネーアースは一群の人々を率いて地中海の東の部分をさすらい、イタリア半島に達して新たな都市を建設する。その苦闘を描いた叙事詩『アエネーイス』を書いたのが、ダンテの地獄・煉獄を通じての導き手に設定されたウェルギリウスであった。ローマ帝国が都をコンスタンティノープルに移したことは、ローマの人々がアエネーアースの出発した場所の近くに戻ったことを意味する(ただし、コンスタンティノープルがヨーロッパに属するのに対して、トロイアはアジアに属する。ボスポラス海峡の向こう側とこちら側という違いはある。アジアの入り口になっているのが、イスタンブールの対岸のイスキュダル(=ウスクダラ、ある年齢以上の人なら大抵知っている江利チエミのヒットソングの舞台となった町)であるが、ここも現在ではイスタンブール市内になっているそうである)。 

 魂は東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌス(483-565、皇帝在位527-565)であると名乗り、ローマ法を集成した有名な『ユスティニアヌス法典』を編纂させたことを語る。彼はもともとキリスト単性論を信じていたが、ローマ教皇アガペトゥスⅠ世の説得に応じて正統派のキリスト両性論を信じるようになった。そして、
余が教会とともに歩みだしてほどなく、
高き壮挙を志すよう恩寵によって夜をお導きになることが
神の御心にかない、自身のすべてをそれに注ぎ込んだ。
・・・(92ページ) 395年にローマ皇帝テオドシウスⅠ世が没した後、帝国はローマを首都とする西ローマ帝国と、コンスタンティノープルを首都とする東ローマ帝国に分割される。476年に西ローマ帝国は滅びるが、ユスティニアヌスはその西ローマ帝国の領土も含めてローマ帝国の領土の回復を目指し、部分的に成功する。なお、ダンテは彼がキリスト単性論を信じていたと書いているが、これは誤解のようである。なお、ユスティニアヌスの皇妃テオドラは踊り子という下賤の身分の出身ではあったが、聡明かつ剛毅果断な性格で、ユスティニアヌスをよく助けたといわれる。彼女をヒロインとして描いた『戦車を駆る女 テオドラ』という映画が1954年にイタリアで製作され、日本でも公開されているそうである。テオドラ役ではないが、ギリシャの名女優イレーネ・パパスがこの映画でデビューしている。
 ユスティニアヌスの死後、東ローマ帝国の勢力は衰えて、回復したイタリア半島の支配も維持できず、ダンテの時代にはコンスタンティノープルとその近くの地域しか支配していなかった。そして、1453年にはそのコンスタンティノープルも陥落するが、それはまだあとの時代の話である。

 閑話休題、ローマ法を集成した法典の編纂と、帝国の旧領回復が神意によるものだとユスティニアヌスが述べていることは、ローマ法による支配こそ、神意にかなう、あるべき統治だというダンテの主張を反映するものである。その後、ユスティニアヌスの魂は、ダンテの時代における皇帝党と教皇党の争いが神意に背くものであるといい、さらに歴史的に全地上世界の統治権、すなわち正義がどのような変遷をたどってローマ皇帝の地位と結びついたのかを説明する。

 正義はアエネーアースの都市国家建設に始まり、ローマと同族の都市国家アルバ・ロンガにあったが、アルバ・ロンガ滅亡とともにロム留守が建国したローマに移り、周辺の都市国家を併合した王政ローマの時代を通じてローマを拡大させた。そして共和制ローマになると文化的にも地域的にも異なる民族、体制を持つ国と争い、皇帝はいなくても、様々な諸国・地域に支配権を及ぼすという意味での帝国となった。

 そして諸地域と多民族をその版図に収めるこの共和制国家はやがてカルタゴを破って、地中海の覇権を握り、スペイン、エジプトも征服した。地上の平和を実現するためにカエサルが登場し、「ローマの希望に従い鷲を手に入れた。」(95ページ) 地上に平和を実現しようとするカエサルの意図を妨害した裏切り者は、その後継者によって滅ぼされた。
続く運び手とともに鷲のなした事績ゆえに
ブルートゥスとカッシウスは地獄で吠え、
モデナとペルージャは悲しみに暮れた。

そのことで邪悪なクレオパトラ、鷲を前にして逃亡し、
蛇により突然のか黒い死を迎えたこの女も、
今なお苦しみの涙を流している。
(96-97ページ) ダンテは地獄でブルートゥスとカッシウスの姿に出会っている。クレオパトラに同情的な詩を書いたローマの詩人もいたのだが、ダンテの態度は冷たい。

この運び手とともに鷲は紅海の岸まで進んだ。
鷲は彼とともに世界に平和をもたらし、
かくてヤヌス神殿の扉は閉じられた。
(97ページ) ヤヌス(ヤーヌス)は出入り口と扉をつかさどる神で、ローマ神話の多くの神々がギリシャ神話に対応する神を持つのに対して、この神に対応するギリシャの神はいない。ふつう前と後ろに顔のある双面神としてあらわされる。伝説的な存在であるローマ2代目の王ヌマ・ポンピリウスが好戦的なローマ市民に平和の大切さを教えるために、ローマのフォルム・ロマヌムに建立され、その扉は戦時に開き、平和時には閉じることとされ、ヌマの治世の間は、扉はずっと閉ざされていた。ヤヌスは扉の神というところから、物事の始まりの神ともされ、1月を英語でJanuaryというのはJanusの月という意味である。ローマの平和が何を生み出すことになるのかについては、また次回。
 ここでは(これまでもそうだったが)ギリシャ・ローマの神話・伝説・歴史をダンテが自分に都合がいいようにキリスト教的に解釈しなおしているのが目につく。その努力を、新しい思想文化を作り出そうとするものとして肯定するか、ご都合主義として切り捨ててしまうか、判断に苦しむところがある――というよりも、その両者が入り混じっていると考えるべきではなかろうか。
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