ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(5-2)

11月1日(火)午前中は雨、午後になって晴れ間が広がる

 ベアトリーチェに導かれて、地上楽園から月に到達したダンテは、そこで誓願を果たすことのできなかった霊たちに出会う。彼は、霊たちとの出会いを通じて、暴力によって誓願を果たすことができなかった場合でもその責任は本人に帰せられるのか、人間の魂は天上から来てまた天へと戻り、さらにまた別の人間と結びつくことがあるのか、誓願を果たすことができなくても、それと同等の行為をすることで埋め合わせることができるのかという疑問を抱く。ベアトリーチェは、たとえ暴力によって邪魔されても本人に責任はある、人間の魂はその人間に固有のものである、人間の自由意志に基づく誓願は神聖なものでほかの行為によって埋め合わせは出来ず、それゆえ誓願を立てる際には慎重でなければならないと答える。

 こうして答えたのちに、彼女は神を念じようとして沈黙した。(念じることによって別の天へと移動しようとしているのである。)
その方の沈黙と変容した姿は、
好奇心に満ちたわが知力に黙するよう強いた。
すでに新たないくつかの疑問を前にしていたのだが。
(84ページ)

 ベアトリーチェとともに、ダンテは月天から新しい天へと移る。
そして、弦が静止するより早く
的を射抜く矢のように、
私たちは第二の王国へと走りついた。
(同上) 2人は「第二の王国」=水星天に到着する。

ここに私は見た、歓喜にあふれたわが貴婦人を。
その天空の光の中に入られた時、
それゆえに惑星は輝きを増したのだ。

そして星でさえ変容し微笑んだのなら、
まず本性からしてどのようにも変わりやすい
この私が一体どれほど変容したことか。
(84-85ページ)

 そして2人が近づいてくるのを見て、彼らの方に多くの魂たちが向かってきた。
優に千を越える輝きが私たちのほうに寄ってくるのが
私には見えた。各々の中に声が聞こえた。
「おお、私たちの愛を豊かにする人がここに」。

皆が私たちに向かって近づくにつれ、
彼ら自らが放つ光輝の中に、
喜びにあふれる影が見えてきた。
(85ページ) 魂たちが彼らに近づいてくるのは、愛のためである。(第4歌で明らかになったように、魂たちはもともと至高天にいて、そこからダンテに会うためにやってきたのである。) 魂たちの放つ光(それは愛の強さを示すものであるが)を見て、ダンテはその地上における境遇を聞きたいと思う。そしてベアトリーチェの励ましもあり、彼は魂に言葉をかける。
…するとその光は
前よりもはるかに輝きを増した。

太陽が光を和らげる濃い朝靄を
熱で消散させると、自らを
強すぎる光で隠すように、

聖なる姿はさらなる喜びのために
光の放射に包まれて私から姿を消した。
(88-89ページ) この魂が何者であったかは、次の第6歌で明らかになる。翻訳者である原さんは、月天でダンテが会った魂たちが人間的な表情を見せていたし、ベアトリーチェも人間的な表情を浮かべていたのが、水星天になると魂たちの神に近づいた側面が強調されているという。

 ダンテの『神曲』の描く宇宙はプトレマイオスの天文学の体系に基づいているが、そこでは、地球の周りを月、水星、金星、太陽、火星、木星、土星が回っていると考えられていた。水星は動きが速いので、地球に近いと考えられたのであろうか。しかし、ギリシアのヘーラクレイトスは観測に基づいて、水星と金星とは太陽の周りを廻っていると考える方が合理的であると考え、アリスタルコスなどは太陽が地球の周りをまわるのではなく、地球が太陽の周りをまわると考える方が合理的であるとした。ギリシアの学者たちが自分で空を眺めて観測した結果を重視していたことは称賛に値する。5大惑星のうち、金星、火星、木星、土星は比較的容易に観測できるのだが、1年のうちの限られた時期の、早朝と夕方に、地表すれすれのところに出現する水星は難しい。ダンテ自身は、水星を見たことがあるのだろうか。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR