ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(5-1)

10月25日(火)曇りのち雨

 ベアトリーチェに導かれてダンテは第1天空である月天に到達する。ここで彼は誓願を果たさなかった人々の魂に出会う。彼はこの出会いを通じて、他人の暴力により意志の実現を妨げられた場合、その責任は妨げられた本人にあるのか、プラトンが『ティマイオス』で説いたように、魂はもともと天空にあって、たまたま地上に降りてきて人間の魂と結びつき、肉体が滅びると天空に帰って、また新たな肉体との結合を待つというのは正しいかという2つの疑問を抱く。ベアトリーチェは後の方の質問から答え、魂はそれぞれの人間に固有なものであることは、これまでダンテが見聞したことで明らかであるが、魂が星々の影響を受けていることは否定できないとプラトンの言説を部分的に肯定する。さらに暴力に対して抵抗しなかった場合には、それに賛同したと考えられるとして、本人にも責任があると答える。(これを男性優位の考え方ととるか、時代の制約の中で社会的弱者であった女性に天国の門を開いた点を評価すべきであると考えるかは、読者の判断にゆだねられる。)
 ダンテはここでさらに、誓願は何か同じような価値のあるもので償いうるのかどうかという疑問を抱く。その質問を受けたベアトリーチェの目は、ダンテの視界の中でさらに輝きを増し、彼は気を失いそうになりながら、かろうじて意識を保っていた。

 「私が、地上で見られるものをはるかに超越した
愛の熱であなたを包んで燃やし、
あなたの視覚の力を圧倒しても、

驚いてはなりません。なぜならこれは
理解すればするほど理解された善の中へと歩みを進める、
完全な視覚ゆえに生じているのですから。

私には、あなたの知性の中で、
永遠の光が反射しているその様子がはっきりと分かります。
見られた後では、唯一それだけが永久に愛を燃やすあの光が。

それ以外のものがあなた達の愛を惹きつけるとしても、
それは、あの光が残した何らかの痕跡が
中に透けて見え、それが誤って認識されたものにほかなりません。

あなたは、果たされなかった誓願に代わる別な功績によって、
魂が約束を違えたとの訴えを退けるに足る
十分な埋め合わせができるのか知りたがっているのですね」。
(76-77ページ)とベアトリーチェはダンテが心の中に抱いていた質問をはっきり口にする。

 ベアトリーチェは人間には神の寛大さからその「最大の贈り物」(78ページ)として自由意志が与えられているという。誓願とは人間がその自由意志を放棄することであり、それは人間と神との契約であるから
それゆえ、何を誓願の償いとして捧げられましょう。
(78ページ)最も高い自由意志に発して、自由意志と引き換えに制限はなされるのであるから、それに匹敵するものはないというのである。

しかし聖なる教会がそれについて適用免除を与えています。
(79ページ)と、実際には教会は誓願の「適用免除」を行っているという。
誓願は神との契約とその内容から成立し、契約自体をなくすことはできないが、内容は同等以上の価値をもつもので代替できるという。しかし、「あらゆる代替は愚かと知りなさい」(81ページ)ともいう。
必滅の者達は誓願をおしゃべりのように考えてはならないのです。
(82ページ)と、浅慮からの誓願をしないように強く言う。そして、誓願に縛られて自分の娘を生贄にささげた古代イスラエルの士師エフタ(旧約聖書「士師記」11)と古代ギリシャのアガメムノン王(ミューケナイの王で、トロイア戦争におけるギリシア軍の総指揮官)の例を悪しき例として挙げる。

キリスト教信者よ、あなた達はもっと慎重にふるまいなさい。
どんな風にも飛ばされる羽根のようであってはなりません。
どんな水でもあなた達を洗ってくれると信じてはなりません。

あなた達には新約と旧約の聖書があり、
さらにあなた達を導く教会の牧者もいます。
これであなた達の救済には十分なはず。
(82-83ページ) 最後にこの誓願に類するような規定を利用して金銭欲を満たすような高位聖職者への批判がなされ、ダンテの質問への回答が終わる。

 ダンテが(のちに宗教改革において主要な論点の1つとなる)自由意志を重視する議論を展開しながらも、古代イスラエルからキリスト教へと続く精神的な伝統とともに、ギリシャ・ローマの伝統も重視していることが浅慮を戒める例の取り上げ方からもわかる。誓願を守り通すことのできなかった人間として、女性だけが登場したことも前回に問題にしたが、彼の視野に入っていなかった問題もあることにも留意する必要がある。
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