アレッサンドロ・ジョヴァンニ・ジェレヴィーニ『最上級にスイーツなイタリア語』

10月23日(日)曇り、時々晴れ

 10月20日、Alessandro Giovannni Gerevini, Dolcissimo Italiano (NHK出版)を読む。イタリア語と日本語の両方で記されたエッセイ集で、2010年に同じくNHK出版から刊行された同じ著者のDolce Italiano(スイーツなイタリア語)に続くものである。著者は日本在住の翻訳家、作家で、よしもとばなな、松浦理恵子の作品の翻訳を多く手掛けているよしである。学校時代の思い出や、身辺の出来事から、大学でイタリア語を教えている際に出会う問題まで、内容は多岐にわたっている。読んだといっても、日本語の方を読んで、イタリア語の方は眺めた程度という読み方で、どの程度内容を理解しているかは疑問が残るが、それでも分かった部分は楽しく読めた。

 巻頭のエッセイ”L'Italia di Suga Atsuko, la mia Italia" (須賀敦子のイタリア、私のイタリア)では、須賀さんの『ミラノ 霧の風景』をある学校の翻訳コースで取り上げて読み込んだ際に気づいたことが記されている。日本とイタリアの文学交流に果たした須賀さんの功績は大きいが、それとともにそのエッセイの中の的確な人物描写が、ジェレヴィーニさんの記憶の中に残っている人物と重なることがあるという。須賀さんがミラノで暮らしたのは、イタリアが「経済の奇跡」(miracolo economico)と呼ばれる経済成長を果たしていた時代のことであるが、その時代の後で生まれたジェレヴィーニさんにとっても、年長者の思い出話と重なり合ったりするという。それだけでなく、ジェレヴィーニさんの知っている人物と似ている人物の姿が、須賀さんのエッセイの中には描き出されているという。

 イタリア人の過剰なまでのジェスチャーの使用を紹介し、自分も例外ではないという”Il linguaggio del corpo degli italiani" (イタリア人のボディーランゲージ)、「スローライフ」という日本製英語の背景になった運動がイタリアで生まれたことに触れて、日本固有のスローライフの確認を促す”Lo slow life della lumaca" (カタツムリのスローライフ)、クレモナというとすぐに思い出される伝統的な弦楽器製作がユネスコの無形文化遺産となったことに対するクレモナの人々の無関心と、日本における世界遺産指定をめぐる熱狂の対比から文化遺産に対する取り組みを考える”Cremona e il suo partimonio culturale immateriale" (クレモナの無形文化遺産)も興味深い。

 かつてイタリアの植民地だったアフリカのエリトリアで、イタリア語のミサに参加した経験をつづる”L'Italiano del cuore" (心のイタリア語)はいろいろなことを考えさせる。Una lingua, a differenza dei colonizzatori che la usano, non ha nessuna colpa.Se poi quella stessa lingua ti entra nel cuore e diventa tua, allora senti l'impellenza di usarla anchei nel momenti importanti, come ad esemplo quando si prega Dio.(46-47ページ、「一つの言語」には、その言語を話す植民地建設者と違って、罪はない。そしてその「一つの言葉」は自分の自分の心の中に入ってしまえば自分のものになり、神に祈りをささげるような重要な時に、必然的に使いたくなる。) エリトリアという異国で自分と違った人種の人たちが、イタリア語を使っていたことで、「直接心に響くイタリア語の一番美しい音色を体験できたような気がする」(47ページ)と著者は結んでいる。
 この文章を読んだおかげで、私はロンドン滞在中に仲良くしていた黒人学生がエリトリア人で、イタリアを経由して、ドイツに住み着き、ドイツで公務員をしていると話していたことを思い出した。彼の学校時代には、エリトリアはエチオピアの一部にされていて、そのことのほうが嫌な思い出として残っている様子であった。

 イタリア語とその学習に関してはイタリア語とスペイン語が似ているからこそ、両方を一時に勉強することの問題点を記す”Olga, chi???" (オルガって誰???)は示唆に富む。「確かにロマンス系の言語の文法や語彙はかなり似ており、その中でもイタリア語とスペイン語は特に類似しているが、長年にわたって蓄積してきた経験から言わせてもらうと、スペイン語の学生は優秀な成績をなかなか取れない。その理由は極めて簡単である。言葉が似ているからこそ、学生はかなり混乱し、細かい間違いをいつまでも直せないでいる」(89ページ)という。「ロマンス系のどれかの言語をすでに習得し始めた学習者へのアドバイスとして挙げられるのは、まだまだ「自分のもの」になっていない段階だったら、同じ系統の言語に同時に挑戦しない方がいいということだ」(89,91ページ)ともいう。

 その他、兄の一家と一緒に暮らしていたアルバニア人の少年⇒青年について語る”Il figlio albanese”(アルバニアの息子)、イタリアにおけるSMSの普及とそれに伴う表現の変化を描く”Se vi dicono TVB"(TVBと言われれば)(TVBはTi vogilo bene君が大好きの略語)なども興味深い。

 最近のNHKラジオの語学番組は、英語だけでなく、他の言語でも「発信型」になっていて、日本の社会や文化をその言語で紹介する内容のものが多いが、改めて外国の事情について外国語を通して知ることの重要性を実感させられる書物である。とは言うものの、この著者が日本の社会や文化についてどのように考えているかも、いつかは、まとめてほしいと思う。
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