ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(4-2)

10月18日(火)晴れたり曇ったり、温暖

 ベアトリーチェに導かれて、地球上にある煉獄山から天空の世界へと旅立った。そして第一天空である月へと到達した。そこには誓願を果たさなかった人々の霊がいた。霊たちの中に、ダンテは親友であり、煉獄で出会ったフォレーゼの妹であるピッカルダがいる。彼女は修道院に入っていたが、もう1人の兄であるコルソの手で強引に引き出され、政略結婚させられて、その誓願を果たすことができなかったのである。ダンテは、他人の暴力により意志の実現を妨げられても、その責任はその人にあるのかという疑問、プラトンの『ティマイオス』に書かれている、人間の魂はもともと星の世界に住んでいて、地上の人間の肉体と偶然に結合することがあるが、肉体が死ぬと星の世界に帰って、次の肉体との結合を待つということは本当かという疑問の2つの疑問をもつ。ベアトリーチェは、魂は生まれ変わることなく、一人一人に固有のもので、死後は天国か地獄に行くのだと答える。

 次にベアトリーチェはもう一つの疑問に対して答える。
暴力による強要というものが、暴力を受ける者が
それをふるう者に一切与しない場合に存在するのであれば、
あれらの魂は暴力を理由にして言い訳できません。

なぜなら意志とは、望まぬ限り消えることはなく、
火の中の本性が暴風によって幾千回も下に向けられようと
立ち上ってくるように、むしろ立ち上がるものだからです。

このことゆえに、もし意志が多少を問わず折れるのならば、
力に従っているのです。そしてあれらの魂は、
聖なる場所に再び逃げ込むことができた場面で、このように従いました。
(68-69ページ) 暴力による強要は、強要を受けた側が従わなければ成立せず、抵抗がない場合にはそれに与したと判断せざるを得ないとし、そのため、暴力を受けなくなった時点で2人は再び世俗を捨てて女子修道院に逃げ込めたはずだと論じる。翻訳者である原さんも指摘しているように、「現実には、男性優位主義で力が称揚された社会にあっては、力も権力も知も得られない女性には、暴力や力による妥協を強いられない人生は考えにくかった。」(523ページ) だからダンテの議論は、暴力をふるう側の正当化に悪用される危険性を持っている。 

もし彼女たちの意志が、ラウレンティウスを網焼きにし、
ムキウスに自身の腕へ厳格な態度をとらせたほど
十全であったならば、

それは彼女たちが解放されたときに二人を押して、
かつて引かれていった道を帰らせたはずでした。
ですがそれほどの固い意志はあまりに稀です。
(70ページ) ラウレンティウス(?-258)は古代キリスト教の殉教者で、ワレリアヌス帝によるキリスト教徒迫害の際に、貧しい信徒たちを守ろうとして生きたまま網焼きにされたという伝説がある。ムキウスは紀元前6世紀ごろの人物だと伝えられるローマの伝説的英雄である。もともと王が支配していたローマであったが、タルクィニウス・スペルブス(傲慢な)という最後の王が暴政を布いた上に、その息子のセクストゥスが軍の副指揮官であるコラティヌスの妻のルクレティアを気まぐれで凌辱するという事件が起きて、ローマから追放され、共和制が成立する。追放されたタルクィニウスは(彼自身もエトルリア系だったのだが)、イタリア半島中部に都市国家を築いていたエトルリア12種族の中で一番勢力が強かったポルセンナを頼る。そこで、ポルセンナはローマの攻略に乗り出す。ムキウスという貴族の若者が、ローマを包囲しているポルセンナ軍に変装して侵入し、暗殺を企てるが失敗してしまう。ところが王の前で失敗した右手を焼いて罰を与えて、剛勇を示し、ローマの壊滅を防いだとされる。(ムキウスについてはグスターフ・シャルク『ローマ建国の英雄たち 神話から歴史へ』(白水社、1997)を参考にした。) キリスト教とローマの歴史から2人の暴力に一切与しなかった例を挙げているが、これほどの行為は誰にでもできるものではない。暴力にもかかわらず、自分の意志を曲げないことを示した2人の人物が男性であり、自分の意志を曲げざるを得なかった2人が女性であるのは特徴的である。

 その一方で、暴力に屈したことによって、それを肯定する結果となった女性たちが月天とはいえ、天国に置かれているのはなぜかというさらなる疑問に対して、ベアトリーチェは
身の危険を避けるため、意志に反して
すべきではない行為を行う…

この点からあなたに理解してほしい。
強制力はそれを受ける側の意志と混ざり、
それが言い訳の余地のない罪を犯すことを。

絶対的な意志は悪に同意していません。
ですが、抵抗があったとしても、より大きな苦しみに陥ることを
恐れるその分だけ悪に同意しています。
(71,72ページ) 彼女は、絶対的な意志と個別的な意志とを区別し、月天でダンテがその姿を見たコスタンツァは絶対的意志においては変わらなかったが、個別の意志の表現である行動では、状況に規定されてそれを貫徹できなかったのであると説明する。

 ダンテはさらなる疑問を解くことができたことを感謝しながら、
果たせなかった誓願を
あなた方のはかりに載せても軽すぎない他の善をもって
あなた方に贖うことが許されているのか私は知りたいと思います。
(74-75ページ)と新たな疑問をベアトリーチェに問いかける。 こうして第4歌は終わる。

 この個所における議論は、暴力、特に女性に対する暴力が様々な形で不幸の原因となっている現在においても取り上げる価値のあるものである(もちろん、ダンテの考えをそのまま承認すべきではないのは言うまでもない)。

 ところで、この項を書いている際に、最近わりに使われるようになったserendipity (思いがけない発見)の例になりそうな発見をした。漱石の『吾輩は猫である』の3に、苦沙弥先生の奥さんと迷亭が話している中で、「昔羅馬に樽金とかいう王様があって」「なんでも7代目だそうです」、その王様のところに一人の女が本を9冊持ってきた。王様に値段を聞かれた女が答えると、王様は高いという。すると、女は3冊の本を火にくべる…。結局本が1冊だけ残ったのを、女が初めに言った値段で買うことになったという話をして、苦沙弥は「少しは書物の有難味が分かったろう」というのだが、奥さんには何のことかわからないという。迷亭は樽金は奇妙だが、ローマの7代目の王様であるTarquin the Proud (ラテン語ではTarquinius superbus、在位紀元前534-510)であろうといっているが、シャルクの『ローマ建国の英雄たち』を読んでいたら、この話は、タルクィニウス・スペルブスではなくて、その2代前の王であるルキウス・タルクィニウス・プリスクスの治世の最後の年に起きた話として登場する。7代目の樽金は暴君であったが、5代目は賢王であった。同じタルクィニウスなので、漱石は勘違いをしたのであろうが、あるいは漱石が正しくて、シャルクの方が間違っていることだってありうるが、どちらの王の逸話とするかによって、話の趣が全く違ってくるのが興味深いところである。
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何時もご訪問有り難うございます。
そしてコメントを頂いて恐縮です。ありがとうございました。ダンテの神曲は読んでいませんので勉強になります。生命の問題は究極の問題ですね。それぞれの宗教を根底にしたものがありますが、僕は法華経の『宇宙そのものが生命であり、縁により人間に生れてきた』というのに共感を持ちますが、自分はどこから来て何処に帰るのか?・・難しい問題ですね。ありがとうございました。
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