ディーノ・ブッツァーティ『古森の秘密』

10月15日(土)晴れ、温暖

 ディーノ・ブッツァーティ『古森の秘密』(東宣出版:はじめて出逢う世界のおはなし)を読み終える。20世紀のイタリアを代表する作家の1人であるブッツァーティ(Dino Buzzati, 1906-1972)の2編目の長編小説Il Segreto del Bosco Vecchio(1935)の長野徹さんによる翻訳である。

 物語は次のように書き出されている:
「セバスティアーノ・プローコロ大佐がヴァッレ・ディ・フォンドにやってきて暮らしはじめたのは1925年の春だとされている。叔父のアントーニオ・モッロが遺言で、村から10キロばかり行った場所に所有する広大な森林の一部を彼に残したのである。
 残りのもっと広い森は、大佐の亡き弟の息子で、まだ12歳のベンヴェヌート・プローコロの手に渡った。母親も亡くしていたベンヴェヌート少年は、フォンドからさして遠くない私立の寄宿学校で生活していた。
 それまで大叔父のモッロが務めていたベンヴェヌートの後見人の役目は、大佐が受け継ぐことになった。」(7ページ)

 プローコロ大佐は長身で筋骨たくましく、彼が相続のために退役することになった時、彼の指揮する連隊の部下たちが安どのため息をついたほどに、厳格で規則にうるさい指揮官であった。一方、ベンヴェヌート少年は病弱で、同じ学校の遊び仲間たちから味噌っかすの扱いを受けている。
 プローコロ大佐が屋敷とともに相続した「古森」と呼ばれる太古の森の木々には精霊が宿っており、それゆえ、ここにある木は大昔から一木たりとも伐られることがなかった。だが、プローコロは森林委員会のベルナルディ(実は人の姿を借りた木の精)の忠告を無視し、森の伐採を実行しようとする。危機を感じたベルナルディは、洞窟に閉じ込められている暴風マッテーオを解き放つことによって大佐に対抗しようと考える。だが、森の秘密とベルナルディの妨害計画を察知したプローコロ大佐は、逆に自分の手でマッテーオを解放し、服従を誓わせる。やがてプローコロ大佐は、ベンヴェヌートを亡きものにして遺産を独り占めしようと考えはじめる。
 物語は、プローコロ大佐とその甥であるベンヴェヌートという2人の血縁はあるが対照的な2人の登場人物と、彼らを取り巻く森の住人たち(木の精、けだもの、鳥、虫、風…)とのかかわりあいを軸に展開し、さらに、人間と自然、自然と対立する大人と自然の中の声を聴き分けることのできる子どもという対立軸が設けられている(ベンヴェヌートbenvenutoはイタリア語で「ようこそ」という意味である)。その一方で、ベンヴェヌートが成人することにより、自然との結びつきを失ってしまうことも予示されている。このように、幻想的・寓意的な物語の展開がすでに紹介した冒頭の部分からもわかるように、1925年から27年までの出来事として、年代記風に語られている。幻想的・寓意的な物語の展開が、新聞記者をしていたというブッツァーティの新聞記事風の語りによって、ひょっとしてそんなことがあったのかもしれないという現実感を与えられている。

 森の住人たちの中では、木の精ベルナルディと暴風マッテーオが重要な存在で、さらにプローコロ大佐の影までが自己を主張し始める。かつては水力発電所のダムを崩壊させるほどの力をもっていたマッテーオであるが長年、洞窟に閉じ込められているうちにその力を失い、ベンヴェヌートの殺害に失敗するだけでなく、彼の不在中の20年間、谷を支配してきた別の風エヴァリストとの決闘に敗れてしまう。そこには時間の流れによる世の中の移り変わりが見て取れる。とともに、そのようなマッテーオの衰えがプローコロ大佐の変化とも重なり合うと考えられるのである。

 解説で長野さんは「イタリア文学の中では、『神曲』の冒頭でダンテが迷い込む、罪深い生活の象徴としての『暗い森』が連想されるが、ブッツァーティの『古森』もまた、自然、罪業、危険、生と死などの要素が多義的に結びついたシンボルであり、そこで神秘が顕現し、魂のドラマが演じられる舞台となっている」(218ページ)と書いているが、『神曲』の世界があくまで(ダンテが解釈した限りで)キリスト教的であるのに対し、こちらは異教的・アニミズム的な雰囲気を持っている点が重要ではないかと思う。なお、ブッツァーティの森はboscoであり、ダンテの森はselvaである。どこがどう違うのかといわれても、わからないし、同じことを別の言い方をしているだけかもしれないが、念のために書き添えておく。長野さんも指摘しているように、イタリアの作家の作品ではあるが、ドイツなど、イタリアより北方の文学の影響が見受けられる点も興味深い。ブッツァーティがイタリアでも北の方の出身だからであろうか。

 ブッツァーティがこの作品の後に書いた『タタール人の砂漠』は彼の代表作とされ、岩波文庫にも収められているので読んでみようと思う。また現代イタリアの短編小説をイタリア語と日本語の対訳で紹介する関口英子・白崎容子『名作短編で学ぶイタリア語』(ベレ出版)にはブッツァーティの短編小説”Qualcosa era successo ”(何かが起こった)が収められているほか、「原書に挑戦!」のコーナーで、このIl segreto del bosco vecchioが推薦されている(翻訳が出る以前に出版されたので、長野さんの翻訳については紹介されていない)。解説によると、『古森の秘密』は1993年にエルマンノ・オルミ監督の手で映画化されているそうで、機会があったら見てみたいと思う。

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