柳田国男『海上の道』

4月21日(日)雨

 柳田国男『海上の道』(角川文庫)を読み終える。1961(昭和36)年に発行された柳田最後の著作であり、日本の民族と文化の起源と伝播をめぐり彼が晩年まで抱えてきた問いと(一部の問いに対する)答えがまとめられている。

 角川ソフィア文庫に収められた柳田の著作の多くを即日、あるいは翌日というように短期間で読み終えている中で、この書物については2月8日に買ったのだから、入手してから2カ月以上かけて読み終えたことになる。考えさせられたことも確かであるが、読みにくかったことも否定できない。

 この本の基調を作っているのは柳田が1952(昭和27)年に九学会連合大会で行った講演「海上の道」であり、そこで彼は稲作民族としての日本人南方起源説を提出した。稲作の技術を持った中国江南地方の人々が、宝貝という貴重品を求めて海上に乗り出し、島伝いについに日本列島にたどりついたという仮説である。日本人の南方起源説そのものは柳田の独創ではないが、沖縄諸島には中国南部から稲が伝わったことを説く、さまざまな伝承が残されていることに注目し、海民であり農民である原初の日本人の姿を仮説として提示したのである。

 解説で中沢新一さんは日本人の起源の問題や稲作の伝承について柳田の仮説は魅力的ではあるが、それ以上に複雑で重層的な過程を含んでいることがその後の研究で明らかになったことを指摘している。そういうことは今後勉強していくことにして、柳田の議論には個々の細かい事象への着目という点で印象に残るものが少なくない。

 柳田は日常経験する事柄(日本の海岸にやしの実が流れ着くこと)に書物で海外の知識を学びとろうとする人々が無関心であることの問題点を指摘している。経験知と書物知は補い合うべきものであって、一方が他方に対して優位に立つという性格のものではない。一番よくないのは聞きかじりの生分かりで、この書物を読まないで、書評や紹介文を通じて柳田の考えの一端を知り、全部を理解しているような気分になってネズミについての伝承を研究してみようかなどと考えていた二十代のはじめの頃の自分を思い出して恥ずかしい気分になる。

 柳田は催馬楽の
  武生のこふ(国府)に我ありと、
  親に申したべ心あひの風、
  さきんだちや
という中世の遊女の歌を引用している(18ページ)が、私はこの武生(現在は越前)市に住んでいたことがあり、そのときはこのことを全く知らなかった。実際にその土地に住んでいても知らないことが多いことを改めて考えさせられた。

 内容だけでなく、研究方法論としても多くの示唆を含む書物である。
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