日記抄(9月23日~29日)

9月29日(木)曇り、時々雨

 9月23日から本日までに経験したこと、考えたことなど:
9月23日
 9月23日のNHKラジオ「実践ビジネス英語」の”Quote...Unquote"のコーナーは
Books are the bees which carry the quickening pollen from one to another mind.
       ――James Russell Lowell
                   (U.S. poet, critic, editor and diplomat, 1819-1891)
(本とは、心を刺激する花粉を1つの心から別の心へと運ぶミツバチである。)
ジェイムズ・ラッセル・ローウェルはアメリカ・ロマン主義を代表する詩人であり、このコーナーにすでに何度か登場した。ローウェル家は東部の名門であり、彼の従兄の子どもであるパーシヴァル・ローウェルは日本にやってきて能登を旅行して、旅行記を書き、アメリカに帰ってからは天文台を立てて火星の研究をしたことで知られる。

 神保町シアターで「伝説の女優原節子」特集上映から『女であること』(1958、東京映画、川島雄三監督)を見る。これで私の見た川島作品は20本ということになる。弁護士の佐山(森雅之)は殺人罪を犯し、一審で死刑判決を受けた被告の娘妙子(香川京子)を引き取って面倒を見ているが、落ち着かない様子である。そこへ妻の文子(原節子)の友人である音子(音羽久米子)のわがまま娘さかえ(久我美子)が家出して転がり込む。結婚してだいぶたつが子どものない夫婦は、突然2人の年頃の娘の世話をすることになって戸惑う。おとなしい妙子と、活発で奔放なさかえの二人は性格も対照的でなじみあおうとしない。ところが、妙子には学生の恋人がいるらしい(襟章がLなので文学部である)。文子は、昔の恋人で会った清野(三橋達也)と再会を果たす。川端康成の原作による作品。川端の世界と川島の世界はどうも異質で、融和が難しいという印象が残る。
 上映が終わった後で、私よりも若い観客がしきりに「面白かった」と言っていたが、川島の映画の面白さはこの程度のものではない。オープニングで主題曲をまだ若かった丸山(美輪)明宏が歌い上げるところなど十分に効果的とは言えない。三橋達也が複雑な役どころで出演しているのが、一番川島らしいといえようか。映画の中に登場する浅間神社が、私も何度か参拝した多摩川の浅間神社なのかどうかというのが一番気になっている。

9月24日
 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」は”Iron Curtain"(鉄のカーテン)を話題として取り上げた。この言葉は1946年に当時の英国首相ウィンストン・チャーチルが行った
”From Stettin in the Baltic to Trieste in the Adriatic an Iron curtain has descended across the continent."「バルト海のステッティンから、アドリア海のトリエステにいたるまで、大陸を横切って鉄のカーテンが下ろされた」という演説がこの言葉の起こりで、もともと「鉄のカーテン」とは劇場で防火用に使われるカーテンのことを言うのだそうだ(そういえば、ヒッチコックに『引き裂かれたカーテン』という映画があるね)。
 中華人民共和国が成立すると、アジアには「鉄」ではなく「竹のカーテン」が下ろされているいうようないいかたもされた。また1961年からジャイアンツの川上監督(当時)が行った厳しい取材規制について「哲のカーテン」という取沙汰もあったそうである。

 田中啓文『地獄八景』(河出文庫)を読み終える。地獄を舞台にした短・中編小説が8編収められていて、今は亡き米朝や枝雀が演じていた落語とはまた違った世界を味わうことができる。

9月25日
 朝日新聞の朝刊を見ていたら、日本鉱物科学会が行った投票による選考の結果、日本の石には「ヒスイ」が水晶に19票差をつけて選ばれたそうだ。今、西口の有隣堂で鉱石の即売会をやっているが、ヒスイは展示されていないようだ。
 昔見た映画『慕情』で中国人の父と欧米人の母の間に生まれたヒロインが重慶政府と運命を共にしようとしている一族の人々とは別の道を歩む決意を明らかにすると、一族の人々が形見にヒスイを残していく…という場面を思い出す。
 私は水晶は何種類か持っているが、ヒスイとは縁がない。

 横浜FCはアウェーで讃岐カマタマーレに0-1で敗れ、6位との勝ち点差が5に開いた。

9月26日
 朝日新聞の朝刊に「今こそ 高橋和己」とこの作家の再評価を促す記事が掲載されていた。高橋の小説は読んだことがないのだが、彼が京大の先生をしていたころは、私の京都時代と重なり、中国語の履修者の中にはファンもいて、結構身近な存在であった。高橋の京大への就任については吉川幸次郎先生の強い推薦があったようである。後で知ったことだが、我々に中国語を教えてくださった尾崎雄二郎先生をモデルにした人物が『憂鬱なる党派』に登場しているという。

9月27日
 徳川宗英『徳川家が見た戦争』(岩波ジュニア新書)を読み終える。著者は8代将軍吉宗の次男田安宗武から始まる田安徳川家の11代当主で、学習院、江田島海軍兵学校を経て、戦後慶応義塾大学工学部を卒業。終戦の際に、兵学校の栗田健男校長が「今回の戦争は、科学の力が足りない日本が、アメリカの技術に負けた。皆はこれから技術系に進んで、どうかアメリカを見返してほしい」(32ページ)と語ったことを受けたもののようである。海兵の伝統が紳士の育成を目指すものであったこと、徳川300年の平和の伝統が、明治以後の徳川の末裔たちの中でどのように継承されたかなどが逸話をつなぐ形で語られている。この書物の中でも触れられている尾張徳川家の徳川義親の『最後の殿様』という本を、どこかで復刊してほしいと思う。

9月28日
 NHKラジオ「エンジョイ・シンプル・イングリッシュ」は落語の「松山鏡」を取り上げた。親孝行ものに褒美を与えることになり、鏡を渡し、他人に見せるなという。親孝行ものは、父親そっくりの顔つきだったので、鏡の中の自分の画像を父親と思って、毎日眺め、話しかけていた。ところが、それを男の嫁が見て、鏡の中に醜~い女がいるのを見て、男が浮気をしていると疑い、怒り出す。それで2人で鏡を見て、男が言う「自分の父親とお前がいる」。(元の落語では、近所の尼さんがやってきて仲裁して、鏡を見て、女は面目ないと言って頭を丸めたので安心しろという。) 

9月29日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」の”Quote...Unquote"のコーナーから:
A great many people think the are thinking when they are merely rearranging their prejudices.
              ―― Wiiliam James (u.S. philosopher and psychologist, 1842-1910)
(非常に多くの人たちは、自分の先入観を並べ替えているに過ぎない時に、自分は思考していると思っている。)
 アメリカの哲学者で同じようなことを言っている人が少なくないところを見ると、アメリカ人にはこう言う人が多いらしい。
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