シャーロット・マクラウド『浮かんだ男』

9月25日(日)曇り、時々晴れ

 シャーロット・マクラウド『浮かんだ男』(創元推理文庫)を読み終える。原題はThe Balloon Man (熱気球の男)で、物語の中で、双子の男女が熱気球に乗って降りて来ることとは符合しない。何かほかに作者が意図していることがあるのだろうかという不審の念が残る。1979年に発表された『納骨堂の奥に』(The Family Vault、家族の地下納骨所)から始まるセーラ・ケリング・シリーズの最終作品。作者であるシャーロット・マクレオド(Charlotte MacLeod、1922-2005)は1978年に刊行した『にぎやかな眠り』に始まるシャンディ教授シリーズで名声を得た作家で、セーラ・ケリング・シリーズはシャンディ教授ものほどのユーモアはないが、ボストンの名門家庭に生まれ育ったセーラ・ケリングが、様々な事件に遭遇し、それを解決する中で、自分の背後にある血縁関係や一族の文化の桎梏を乗り越えて、新しい自分を見つけていくというところに特徴がある。

 セーラの夫であるマックスの甥マイクが結婚することになり、彼女がその野外結婚式の陣頭指揮を執る(マックスはユダヤ人であるが、結婚式はユダヤ人の風習を残しながら、世俗的に行われているようである)。当日は好天に恵まれ、多くの招待客が集まる。マックスはセーラの結婚の贈り物について作成中のリストと照合してほしいという指示を無視して(数が多すぎると判断したのである)贈り物を眺めていたが、その中に長年失われていたケリング家の宝石が並んでいたことで呆然とする。それだけでなく、どうもこの宝石を目当てらしい錠前破りのルーと名乗る泥棒が「死体!」に変装して登場したり、夕刻になって会場のテントの1つの上に、熱気球が着陸して、テントを壊し、気球からはこの結婚式が行われているケリング家の元別荘の隣人であったザッカリー家のアリスター(アリー)とカルプルニア(カリー)の双子の兄妹が現れる。

 翌日の朝、家から外に出たマックスは何者かが仕掛けた発煙弾に出会い、あたりが真っ暗闇になるのを経験する。その後、やっと片付けにやってきたテント設営業者たちは、気球によってつぶされたテントの下に死体を見つける。死んでいたのはジョー・マクベスという名の作業員であった。死体の様子から見て、どうも他殺体をどこからか運んできて、気球に押しつぶされたように見せかけようとしたらしい。それだけでなく、結婚式に参加していたケリング一族のジェレミー(ジェム)の車がいつの間にか盗み出されていた・・・。

 一連の不可思議な事件は、それぞれに関係があるのか、ないのか。『納骨堂の奥に』で行方不明になっていたケリング家の宝石が出現したということは、これらの事件とどう関係するのか。セーラを中心に美術品専門の探偵であるその夫のマックス、マティーニをカラフェから飲むという度し難いのん兵衛の遊び人だが、ケリング一族の歴史に詳しいジェム、その忠実で有能な執事のエグバート、セーラの従兄のブルックス、その妻で紅茶占い師だった経験から他人の心理を読み取り推理することが巧みなシオニア、セーラの又従弟で探偵見習中のジェシーというケリング一家(≒ビターソーン探偵社)のメンバーが活動を始める。セーラとマックスの一粒種であるデイヴィの動きにも目が離せない。彼は、気球から降りてきたのが火星人だと信じていて、気球に乗りたがるのである。

 ユーモア・ミステリ作家としてのマクレオドの真価は(シャンディ教授ものほど顕著ではないが)こうした一人一人の登場人物の性格や行動の描写に表れている。結婚式に招待されなかったケリング一族の一人で、セーラの従姉であるメイベルが、TVの報道で結婚式とその周辺で起きた事件について怒り心頭に発して電話をかけてくる。ジェムをはじめとする一族の何人かの悪口を言い続ける。「…セーラは本気でくすくす笑い出したくなっていた。マックスはすべての言葉をテープに録音していた。なぜならこれが最も悪意のある時のメイベルであり、もしも誰からケリング家の歴史について書く余裕ができた時には、記録として保存しておくべきだからだ。メイベルはますます怒りを煮えたぎらせており、電話代はすべてメイベルの方にかかっていることをそれとなくセーラに仄めかされなければ、一族の残りの人間についてまで話を続けそうな勢いだった。結局、セーラの仄めかしが功を奏した。メイベルは最後にやっと理解すると「まあ、なんてこと!」というなり電話を切った。」(186ページ) 強要するような笑いではないが、二重、三重に笑いの罠が仕掛けられていることがわかる箇所である。またブルックスの古い友人であり、物語の後半で重要な役割を果たすトウィーターズ・アーバスノットは、サンカノゴイのようなうるさい音を立てると表現されているが、サンカノゴイという鳥は、『バスカヴィル家の犬』で不思議な咆哮(?)を聞いたワトソンに対して、ステープルトンが、鳥の鳴き声かもしれないというその鳥である。

 物語はシリーズの締めくくりとして、もともと、WASP(=White Anglo-Saxon Protestant)であるボストンの名門に生まれ育ったセーラが、ユダヤ系のマックスと結婚することで、一族とその文化から離れ、新しい人生を築こうとしていることも読み取れる。そして、一族の受け継いできた宝石が戻り、セーラがその宝石には愛着がないと宣言することで、新しい人生への決意を示しているようである。新しい人生を歩もうとするセーラとマックスの美術探偵ぶりや、デイヴィの成長にも興味があるのだが、そこまでを描くことを作者に望むのは欲が深すぎるということだったろうか。
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