柳田国男『日本の伝説』

4月20日(土)曇り後雨

 柳田国男『日本の伝説』(角川文庫)を読み終える。もともとは1929(昭和4)年に『日本児童文庫8 日本神話伝説集』としてアルスから発行された後改訂を施され、出版社を変えたものの、何度か刊行されてきた。それだけの魅力と価値をもった書物である。青少年向けに、出来るだけ身近なところに見出すことのできる伝説を拾い集めた書物である。伝説とは何か、それは昔話とどう違うかという問題を棚上げして、柳田は個々の伝説について紹介する作業を始めようとする。内容を紹介する前に、解説に従って、伝説と昔話の違いを3点にまとめておくのが便利であろう。

 ①昔話は、誰からも信じられていないが、伝説は、ある程度まで信じられている。
 ②昔話は「昔々、ある所」の物語であるが、伝説は、どこか決まった場所と結びついている。
 ③昔話は、決まった型をもっているが、伝説はこれという型をもたない。(大島建彦による、178ページ)

 「咳のおば様」から始まって「驚き清水」、「大師講の由来」、「片目の魚」、「機織り御前」、「お箸成長」、「行逢坂」、「袂石」、「山の背くらべ」、「神いくさ」、「伝説と児童」という話題が論じられている。すぐに詳しい論評ができるような内容ではないが、気付いたことを書いておこうと思う。

 2月20日の当ブログ「柳田国男『一つ目小僧その他』」で触れた「片目の魚」について、ここでは詳しく論じられている。残念ながら、神奈川の片目の泥鰌についての言及はない。

 もう一つは「お箸成長」で、箸を地面にさしておいたら、だんだん大きくなって、大木になったという話が方々にあるという(96ページ)。関東地方では源頼朝と結び付いた伝説があるというが、義経と結び付いた伝説もある。もっと古く日本武尊と結びつくものもあるという。自然の中の生命力への信仰が神話の原動力になったということであろうか。

 神話と伝説ということで一番興味が持たれるのが、「袂石」である。ここで問題にされているのは、石が清明をもって次第に大きくなるという古代人の考えで、そのように大きくなってきた(と信じられている)石とその石をめぐる信仰の例が列挙されていて興味深い。

 分かりやすく、読者の興味を喚起することを目的としているためであろうか、内容が簡略に過ぎるのが残念な書物である。こういう感想をもつ本はあまりない。 
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