ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(2-2)

9月19日(月)雨が降ったりやんだり

 ベアトリーチェに導かれて煉獄山の頂上にある地上楽園から飛び立ったダンテは、月天に到着する。そして月が固体であるにもかかわらず、その中へと入った。ダンテはベアトリーチェに月の下半分が暗いわけを尋ねた。それに対し、ベアトリーチェはダンテがその理由をどのように考えているかを問い、ダンテは粗密によるものではないかと答えた。ベアトリーチェは、宇宙を構成する多数の天体の多様性は、粗密という一つの原理だけでは説明できないといって、ダンテの議論を論駁する。

 ベアトリーチェはさらに議論を続ける。もし月の表面の模様が粗密によるのであれば、
日蝕の際、光が密度の薄いものに差し込んだ時のように
通過することではっきりとわかるはずです。
(39ページ) 実際には太陽の光が月を通り抜けて地上を照らすことはない。次に、月の中のある層が光を反射し、それが地球に届くまでの距離の差で明暗がつくという説を取り上げて、
試しさえすれば、実験によって
あなたをこの反論から解放することができます。
それこそは、あなた達人類の技術の流れが発する源となってきたのですから。
(40-41ページ)と、この説が実験によって否定できると述べる。翻訳者である原基晶さんの傍注によると、ここで「技術」と訳されているのは「原文アルテ。人間の営為、特に技術を意味するギリシャ語のテクネは、アリストテレスの翻訳を通じてラテン語のアルス、イタリア語のある手になった。中世では思考が重んじられ、技術や実験は学問とは見なされなかったため、実験を重視するダンテの態度をガリレオの先駆者とみる意見もある」(41ページ、傍注)そうである。この後で、ベアトリーチェは鏡を3つ使う実験を提案しているが、ガリレオは実際にこの実験を行ったと彼の『星界の報告』に書いているそうである。(ガリレオの『星界の報告』は持っているはずで、探してみたが、見つからなかった。見つけ次第、確認してみるつもりである。)

 そしてベアトリーチェはダンテに月の翳りの真の理由について説き始める。
神の平和に満ちている天空の中では、
包含する全事物の存在をその力のうちに潜在させている、
一つの天体が回転しています。
(42ページ) 「神の平和に満ちている天空」(=至高天)は静止しているが、その中で「一つの天体」(=第九天空である原動天)が高速で回転し、その下にある全事物の存在をもたらす力をもつ。ダンテは「天体」と書いているが、第九天空には特定の天体はないはずなので、物体ではなく、力そのものと考えられる。

続く天空は数多の星を持ち、
その事物をあらしめる力を様々な本質に分け与えますが、
それらの本質はその天空から独立し、かつその中にあります。

下位の諸天空は、それらのうちに伝えられた細分化した力を、
多様な違いを通じて、
各々の目標を実現すべく、種に向けて整えるのです。
(42-43ページ) 原動天が発する力は、第八天空の恒星天に伝えられ、それが第八天空に存在する多数の恒星に分けられ、その恒星天で細分化された力は、そこから土星天、木星天、火星天、太陽天、金星天、水星天、月天を複雑な行程を経て伝わりながら、組み合わされ、質量を得て「目標」が実現することになる「種」、つまり種々の叡知的形相、プラトンの説くイデアに到達するという。

さまざまに異なる力は、
それが命を与える貴重な物質と様々な合金を作り出し、
その中で、あなた方のうちにある生命のように一体となっています。
(45ページ) 「貴重な物質」は天体をなす永遠の質量であり、土・気・火・水の四元素でできた地上を離れた天空にある第五元素であるエーテルに、力が形相を与えると星になると考えられた。そして星の生成の比喩として、貨幣鋳造のための貴金属の合金を作ることが用いられているのである。天上の現象の比喩として、貨幣鋳造という現実的・世俗的な事柄が用いられているところに、銀行家の家柄に生まれたダンテの想像力の特徴が表れているように思われる。

混ぜ合わされた力は、由来する生来の喜ばしさのおかげで、
ちょうど喜びが目に生き生きと輝くように
その物質を通して光り輝くのです。
(45ページ) この伝えられた力は、神に由来するがゆえにその喜びによって物質は光り、それぞれの天体の明暗や色の違いも、その伝えられた力の違いに由来するのだという。

 月の表面にはなぜ模様が見えるのかという問いは、結局ガリレオのように望遠鏡で月をより詳しく観察することによってしか答えられない性質のものである。ここで、ダンテは、日蝕の際のおそらくは自分の観測や、思考の枠内でのことではあるが実験によって天体をめぐる様々な謎を解明しようとしているが、実際のところ、彼の得た結論は中世的な思弁の世界の範囲から脱してはいない。彼が美しい文体で描き出した理論的思索は、今日の我々にとってあまり役に立たないものである。そんなところにも中世と近代の境目の、どちらかというと中世よりのところで、神の真理に即して秩序が構成された、平和な社会を考えているダンテの姿をうかがい知ることができる。

 月の表面をめぐる謎が解明された(とダンテが思った)ところで第2歌は終わる。第3歌でダンテは月天にいる魂たちと出会うことになる。
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