ダンテ・アリギエリ『神曲 天国篇』(2‐1)

9月12日(月)うす曇り

おお諸君、小さな船に乗り込み、
聴きたさのあまり
わが船が歌いながら渡るその後をついて来た人々よ、

君らの岸辺をもう一度見るべく戻りたまえ。
洋々たる海に乗り出してはならぬ。君達は
おそらく私を見失い、途方に暮れるだろうから。
(32ページ) 第1歌で、ダンテはベアトリーチェとともに地上楽園から天空へと飛び立った。そして天上の世界を歴訪しようとする。第2歌は、まずこの篇(『天国篇』)の内容についてこられないような読者は、これ以上読むのをやめよという読者への厳しい言葉で始まっている。

神に形相を与えられた王国に対する、
本能にしてかつ永久に続く渇望が、私達を
諸君の見ている空と同じ速さで運んでいった。

ベアトリーチェは上を、私は彼女を見つめていた。
すると矢が的を射抜くのも弦受(つるうけ)から放たれるのも同時、
おそらくはそれと同じほどの短い間に、

驚くべきものが私の視線を引き付けたその場所に
到達したことを知った。
(34ページ) 2人は天空を驚くほどの速さで飛び、月に到着したのである。「諸君の見ている空」は、恒星天をさす。プトレマイオスの天動説では、土星の軌道のさらに外に恒星天があり、それは毎日、地球の周りをまわっている⇒その回転する速度が、人間の目にする事物の中で最も速いと考えられていた。(恒星が猛スピードで地球の周りをまわっているという考え方にはどこか無理があり、天動説の弱点の1つであった。)

まるで太陽が輝かせる金剛石のような、
光り輝く、厚い、固体の、滑らかな雲に
私達は覆われているかのように感じていた。

永遠に割れぬ真珠はその内部へと
私達を受け入れた、ちょうど水が二つに割れることなく
光線を受け入れるように。
(34‐35ページ)  ダンテ達は月が固体であるにもかかわらず内部に入った。月は神の光をもとに作られており、人間もまた神の似姿であるので、月も人間も本質としては同じものであると考えられていた。

 ダンテは「この天体の/暗い斑点は何でしょうか。それは下の地上で/カインにまつわるおとぎ話を人々に語らせていますが」(36ページ)とベアトリーチェに質問する。日本には月のウサギの伝説がある(これはもともと中国の伝説である)が、イタリアでは旧約の『創世記』に登場し、弟であるアベルを殺したカイン(アダムとエヴァの息子)が罰せられている姿だという伝説があったのである。

 この質問に対しベアトリーチェは、人間の理性は感覚を利用して事物を理解するにあたり、総合的な前提を知らない場合、思い違いを起こすことがあるといった後で、月の明暗についてダンテの考えをたずね、ダンテは月には粗密があるためであるという自分の考えを述べる。これに対し、ベアトリーチェは反論を展開する。

第八天空はあなたたちに多数の星の光を
見せています。それらには
質においても大きさにおいても多様な姿が見分けられます。
(38ページ) 第八天空(=恒星天)に属する星は、明るさやその光の色など多様である。地上の様々な出来事は星の影響を受けている(だから占星術が行なわれる)。その地上の出来事はきわめて多様であり、それは星が多様であることの反映である。宇宙の原理は粗密という1つの原理だけでは説明できないのだという。

 ダンテがまじめに信じていたように、星占いを信じるわけにはいかないし、それ以上に宇宙の星の動きと、我々の社会生活とがそう簡単に結びつくものだとは思われないが、宇宙と社会の多様性についてのダンテの議論には、その歴史的な制約を考慮しながらも、傾聴すべきものがある。
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