めし

9月7日(水)晴れたり曇ったり、(一時雨が降ったかもしれない)

 神保町シアターで「一周忌追悼企画 伝説の女優・原節子」特集上映の中から『めし』(1951、東宝、成瀬巳喜男監督)を見る。
 岡本初之輔(上原謙)と三千代(原節子)は周囲の反対を押し切って恋愛結婚をして5年、初之輔の転勤に伴って大阪に移り住んで3年、市の南、天神ノ森の横町の長屋で暮らしている。初之輔は証券会社に勤め、三千代は家事に専念しているが、東京育ちの三千代には慣れないことが多い。生活はあまり楽ではなく、近所に住む人々も雑多で付き合いにも気を遣う。おまけに空き巣が入ったりして結構物騒である。朝、出勤前に三千代は初之輔にいろいろと話しかけるのだが、初之輔は生返事を繰り返すばかりである。三千代は最近になって子猫を飼い始め、それで気を紛らせている。会社の中で自分で株を買っていないのは初之輔だけだが、それには理由があるらしい。その理由でも少しは話せば、いいと思うのだが、話したがらない。

 そこへ初之輔の姪の里子(島崎雪子)が結婚話に気乗りがせずに、家出をして大阪にやってきて、居候を始める。若く、奔放で、派手な感じの里子の存在で家庭内での波風がだんだん大きくなってくる。初之輔は里子を連れて大阪市内を遊覧することを提案して、切符を3枚買ってくる。三千代もあまり大阪を知らないから、この際、一緒に出掛けてみようという心遣いを見せるのだが、三千代の方は家事がたまっているから行かないという。(この後の物語の展開を見ていると、初之輔は東京に戻らずに、大阪で地位を築こうとしているのに対し、三千代は東京に戻りたいという気持ちが見て取れる。女学校出の彼女は、東京に戻りたいというだけでなく、働きたいという気持ちもあるようである。) この大阪見物の場面が、戦後の大阪の復興の様子をとらえていて、興味深い。

 東京の女学校を出た三千代であるが、大阪在住者が少数いて、その仲間での同窓会に出た三千代は、留守中に里子と初之輔がいたにもかかわらず、靴を盗まれたことを知り、そのだらしなさに怒る。初の輔は会社で前借をして、靴を買おうとする一方で、三千代にも家計の足しに金を分け、里子にも小遣いをやろうとするが、そういう金銭感覚を三千代は喜ばない。前借をした後で、会社の同僚に飲みに連れていかれ、儲け話に加わるように求められるが、家に帰って、飲んだ話はしても、儲け話の話をして相談しようとはしない…。
 二人の溝は次第次第に大きくなって、三千代は里子を連れて、東京(というけれども、実際は川崎らしい)の実家に戻る(里子は、彼女の父の家に戻る)。

 林芙美子が朝日新聞連載中に急死したために絶筆となった小説の映画化。川端康成が監修して、井手敏郎と田中澄江が脚本を書いている。原作を読んでいないので、どのあたりで芙美子の描いた物語が中断しているのかはわからない。川端、井手、田中のそれぞれの意見がどのように映画の展開に反映したのかは興味あるところだが、今となっては確かめる方法はない。なお、原節子はこの後、『山の音』(1954、東宝、成瀬監督)、『女であること』(1958、東京映画、川島雄三監督)と川端康成の原作作品に出演している。田中の夫君は劇作家の田中千禾夫であったから、夫婦間での微妙な意見のずれについては田中の意見が強く反映しているのかもしれない。映画の結末をめぐり、作者の意図したところとは違うのではないかと論争があるが、一応まとまった作品になっていることは否定できない。深刻な内容の話ではあるが、成瀬巳喜男の演出はなかなか軽快で、近所の子どもが登校の際に母親が何度注意しても同じところで転ぶ場面のように、日常生活で起きがちな滑稽な出来事が所々に描かれている。

 初の輔は大阪での夢を膨らませ始め、三千代は東京に戻って仕事をしたがっている。それぞれの思いはかなり漠然としていて、言葉にしてまとめて表明できそうもないから、かえって話はややこしくなるのだが、どこかで折り合いをつけるか、あるいはあきらめて分かれるかしかない。私は関東で育ち、京都の大学を出たし、最初の職場は大阪で、最後の職場は東京だった。その間、地方都市で仕事をした期間が長かったので、東京と大阪というような大都市の中での文化的な伝統の違いよりも、大都市と地方都市の生活の違いに苦しんだというのが正直なところである。どこでの生活に生きがいを感じるかということは個人によって受け止め方が違うので、誰を相手にしても、自分の感情や価値観をあまり前面に出しすぎない方がいいようである。

 昨年(2015年)の9月29日と30日の別府葉子さんのブログに「ミッション・ポッシブルに挑む」、「ミッション・ポッシブルに挑む その2」として、天神ノ森にこの映画の面影を探しに出かけた記事が出てくるので、興味のある方は探してみてください。
 余計なことをつけ足せば、島崎雪子というのは芸名で、原節子がその代表作の1つ『青い山脈』(1949、東宝、今井正監督) で演じた女教師の名前である。その島崎が、「本家」⁉である原と共演しているというのが面白い。並んでみると、かなり背が高いはずの原節子よりも、さらに背が高いのにびっくりした。
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