百万本のバラ

9月3日(土)晴れ後曇り、夕方になって雨

 9月2日、ルーテル市ヶ谷ホールで開かれた「別府葉子シャンソンコンサート in 東京」に出かける。一昨年、昨年に続いて3度目である。ピアノが鶴岡雅子さん、ベースが中村尚美さん、ヴァイオリンが東京ライヴのみの参加の会田桃子さん。なかなかの盛り上がりで音楽の楽しさを改めて確認した。(一部の音楽教育家は「音楽は音を楽しむことだ」と言っているらしいが、これは間違いで、古代中国では「楽」というのは音楽のことであった。音楽を聴いていると楽しくなるから、「楽しい」という意味が後から派生したのである。) それほどの音楽愛好家ではないので、見当はずれのことや脱線が多くなると思うが、感想を書き留めておきたい。

 コンサートの中で、「百万本のバラ」を歌った際に、この歌へのYouTubeでのアクセスが10万を越えたという報告がされた。大いに慶賀すべきことだが、それ以上に歌の題名通り100万アクセスを目指してほしい。
 コンサートを聴いて、家に帰って、このブログを訪問してくださった方々のブログを見ていたら、「百万本のバラ」の訳詞をされた松山善三さんが8月27日に亡くなられていたという記事に出会った。ここで「百万本のバラ」という題目を掲げたのは、別府さんのコンサートを聴いたことの感想だけでなく、松山さんへの追悼の気持が加わっている。松山さんは神戸生まれだが、横浜市磯子区で育って、旧制の横浜第三中学(県立横浜緑ヶ丘高校の前身)を卒業された。私などは、松山さんというと、映画の脚本家、映画監督という以上に、大女優高峰秀子さんの夫という目で見てしまうのだが、映画以外の領域でも活動され、同じ磯子区育ちの美空ひばりさんのために、広島への原爆投下を題材とした「一本の鉛筆」を作詞されたことでも知られている。ご冥福をお祈りする。

 さて、別府さんのコンサートに戻って、シャンソンというのはフランス語で「歌」という意味であるから、世界中からいろいろな歌を探して演目に加えていたのは、これまで通りである。別府さんの推測される人柄や、声の質から、明るい、元気のいい歌が多かったかというとそうでもなくて、「世界中の子どもたちのために」(Pour les enfants du monde entier)をはじめ、メッセージ性の強い歌、あるいは何らかのメッセージを感じさせる歌が多かったのは、別府さんなりの時代のとらえ方、少し飛躍して解釈すれば不条理な暴力によって一人ひとりの人間の幸福が脅かされている事態への抗議の気持が表現されているのであろう。それでも最初に歌った船乗りの歌「ウィスキーウィスキー」などは別府さんの元気な個性がよくでいたように思う。
 2番目の「残されし恋の後には」(Rue reste-t-il de nos amour?) は、ジャズでよく演奏されるという説明だったが、シャルル・トレネの歌で、別府さんの世代だと、トレネというのは過去の歌手としてしか認識していないのかなと思ったりした。トレネが活躍したのは1930年代であるが、1950年代には来日して、その公演がラジオで放送されたのを私も聞いた覚えがある。ついでに言うと、フランソワ・トリュフォーがトレネの歌が好きで、『夜霧の恋人たち』は、トレネの歌「盗まれた接吻」が原題になっていた。さらに余計なことを書くと、トレネの来日の際のプロモーターが今は亡き石井好子さんで、歌は素晴らしいのだが、人間的に汚いというようなことを詳しく書き連ねたエッセーを読んだことがある。(でも、野次馬的な立場から見れば、そういう人の方が面白い。)

 しっかりと仕上げられた「愛の讃歌」に続き、昔、サーカスが歌った「ミスター・サマータイム」の元歌である「夏物語」を聴いて、この歌が、夏の休暇中に出会った男女の恋の歌であることを知り、同じような夏祭りの中での男性との出会いを引き裂かれた女性のうたである「群衆」、「世界中の子どもたちのために」と続いて、別府さんはいったん退場、会田桃子さんが作曲した”Candombe 400"という楽曲が演奏されて、第1部が終わる。

 第2部はジャック・ブレルの「アムステルダム」から始まる。これも船乗りの歌であった。南フランスの近世以後長く牢獄として使用された塔を歌う「コンスタンスの塔」、そしておなじみの「百万本のバラ」、宮沢和史さんの「島唄」と耳になじんだ歌が続いた後、ロシア民謡をシャルル・アズナヴールが編曲した「二つのギター」、別府さんのオリジナル曲「蔦が揺れる」が歌われ、プログラムの最後に「シャンソン・コンフィドンシェル」という翻訳の難しい題名の歌が登場した。アンコールで「マイ・ウェイ」が歌われ、かなりの盛り上がりではあったが、客席と一体になって歌われるというところまではいかなかった。1966年だからちょうど50年前に、今は亡き岸洋子さんのコンサートを聴きに出かけたことがあって、その時は、アンコールで「夜明けの歌」が歌われたと記憶する。当時、よく耳になじんでいた歌であり、さらにプログラムに楽譜が印刷されていたので、客席からも唱和するのが容易であった。このあたり、工夫の余地のあるところではないか。

 会場を出て、近くを歩いていた中年の女性の2人組が話していたように、もう少し、聴く人が多くてもよかった。この文章がその「もう少し」の人たちの関心をとらえるのに役立てば、幸いである。
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