ゴーゴリ『死せる魂』(4)

9月3日(土)晴れ

 1830年代初めのロシア。北部地方(モスクワの西、あるいは西北の一帯)のNNという県庁所在市にチチコフという男が乗り込んでくる。名刺には六等官、地主と書かれているから、官吏を退職した地主であろうか。到着したあくる日から、知事、裁判所長など、市の有力者を訪ね歩いて、社交界への足掛かりを作った彼はひどく愛想がよくて腰の低いマニーロフや、いささかがさつなソバケーヴィッチなどという市の周辺の地主たちと知り合いになる。さらにノズドリョーフという元気はいいが、賭博好きらしい地主も彼と親しく口を利くようになる。
 滞在が1週間を過ぎたころ、チチコフはマニーロフを訪ねて歓待を受ける。彼はマニーロフの所有している農奴で前回の戸口調査の際には生きていたが、その後死亡した(法律上は生きて事になっている)農奴をもらい受けて、自分のものとして登記したいと申し出る。払わなくてもいいはずの戸口税を肩代わりしようというのだから、地主にとってはうまい話だが、どうも胡散臭い。しかし、マニーロフはチチコフの口車に乗って、売却を承諾する。
 チチコフは次にソバケーヴィッチを訪ねようとするが、御者のセリファンが道を間違えたために、コローボチカという老女地主のところに迷い込む。物分かりが悪く、そのくせ神経質なコローボチカは、チチコフの申し出を頑強に拒否するが、結局彼の説得に負けて死んだ農奴の売却に同意する。
 本街道に出て、とりあえず食事をとり、ソバケーヴィッチのところに赴こうとしていたチチコフは、定期市に出かけて、そこで開かれていた賭博で大損をしたノズドリョーフに出会う。ノズドリョーフはチチコフを強引に自分の屋敷に連れてゆき、いろいろなものを見せびらかしたり、売りつけようとしたり、最後にはチチコフを賭博に誘い、暴力沙汰になりかけたところで、チチコフはノズドリョーフに警告に来た警官のおかげでようやく逃げ出す。
 ノズドリョーフのもとを逃げ出したチチコフは、馬車を急がせたために、危うく馬車同士の衝突事件を起こしかける。相手の馬車には女学校を出たばかり位のかわいらしい女性が乗っていた。その後、ソバケーヴィッチのもとにたどり着いたチチコフは、他の地主たちと同様に彼からも死んだ農奴を買い入れようとするが、ソバケーヴィッチは思いがけない高い値段で売りつけようとして、チチコフは必死になって買値を値切らなければならなかった。
 さらにチチコフはソバケーヴィッチがその吝嗇を攻撃した地主であるブリューシキンを訪ね、死亡した農奴だけでなく、蓄電した農奴を合わせて200人余りを譲り受けることに成功した。こうして魂が死んでしまったような地主たちの間を渡り歩いたチチコフは、実際にはいないが、いることになっている農奴たち(=死せる魂)を大量に手に入れたのであった。(以上第1部第6章まで)

 NN市の旅館に戻ったチチコフは1晩ぐっすりと眠った後、さっそく裁判所で買い入れた農奴の登記を行うための書類作成に取り掛かる。地主たちが渡してくれた書類を眺めながら、チチコフがいろいろと想像をめぐらしたのと、農奴の数が多かったことのために、作成には午前中いっぱいかかってしまう。それでもどうやら書類を作成したチチコフは、通りへ出て、裁判所に向かおうとすると、マニーロフに出会う。マニーロフは裁判所まで同行するという。
 裁判所に到着した2人は、役人風を吹かせて、やたらもったいぶった事務官たちの間を行ったり来たりした末に、不動産登記部にたどり着き、そこで押し問答の末、知り合いである裁判所長の名前を出して、所長との面会にこぎつける。
「…真面目くさって事務を取っていた下役の一人で、常々テミスの女神に忠誠をつくすあまり、両袖が肱の辺でぽっかり口をあき、そこから、裏地がもうずっと前から覗いていたが、その癖やっと14等官にありついていようといった先生が、ヴェルギリュウスがかつてダンテを案内したようにぺこぺこしながら我らの主人公たちを所長室へと案内した。」(中巻、27ページ) (『神曲』を実際に読んでみればわかるが、ペコペコしているのはむしろダンテの方である。ゴーゴリもそんなことは承知で、読者をからかっているのであろう。) 
 所長室に入ると、そこには所長のほかに、なんとソバケ―ヴィッチまでが姿を見せていた。チチコフはばつの悪い思いをしながらも、書類を見せて、その日のうちに登記を済ませたいというと、裁判所長は関係者に連絡して手続きを急がせる。所長室で売買に関係する話をしているうちに、証人たちがやってくる。「証人の足りないところはもちろん、余計な分まで、役所の連中が代理に選ばれた。」(中巻、37ページ) こうして手続きが済み、その費用も驚くほどの安価で済んだ。
 所長はチチコフと、地主たちを連れて、警察部長のところに出かけ、そこで売買登記が済んだことを祝う大宴会を開いた。酒肴は部長がその役柄に物を言わせて、商店や市場から徴発してきたものである。宴会の主役として大いに持ち上げられたチチコフはいい気分になって、旅館に戻る。(第1部第7章)

 「チチコフの農奴買い入れはひとびとの話題になった。さまざまの風評や意見が市じゅうにひろまって、移住の目的で農奴を買うことが果して有利かどうかについて、いろんな論議が行なわれた。」(中巻、48ページ) こうした様々な取沙汰や判断の結果、チチコフは大金持ちではないかという彼にとっては好都合な推測が人々の間に広まった。その結果として、彼は市の上流婦人たちの間で人気を博することになる。そして、知事の家で開かれる舞踏会で彼が人気の中心になることが予想された。
 チチコフは知事の舞踏会に出席して、参加者たちから大いに歓迎されるが、知事の娘に紹介されて、すっかりぼーっとしてしまう。その娘こそは、ソバケ―ヴィッチの屋敷に向かう途中で衝突しかけた馬車に乗っていた美しい娘であったのである。チチコフは彼女に気に入られようと、さまざまな話をするのだが、若い女性向けの話題ではないので、すっかり退屈されてしまう。そして、この態度は他の婦人たちの不評を買う。さらに間の悪いことに、賭博に負けたうえに、酔っぱらったノズドリョーフがやってきたのである。彼は酔いに任せて、チチコフが買い入れたのが死んだ農奴であることを大声で言いふらしたので、チチコフはいたたまれなくなって退席する。さらに間の悪いことに、彼がいなくなったころ合いに、彼が農奴を買い入れたことについて不審な思いをぬぐい去ることのできない、老女地主のコローボチカがやってきたのである。(第1部第8章)

 チチコフが訪問して、農奴を買い入れた地主たちが、登記とそれが済んだ後に、続々と登場して、物語を思いがけない方向へと展開させてゆく。それどころか、第5章で幻のような出会いをした美少女が、再度登場して、知事の娘だということが分かり、物語の展開に一役買う。お役所仕事の堂々巡りや、その一方での拙速ぶり、役人たちのたかり根性、そして根も葉もない(というより少しはある)風評が広がっていく過程など、ゴーゴリの写実と風刺の筆は冴えている。ここまでは順調に進んだかに見えるチチコフの企てであるが、果たしてこの後、どのように展開するのであろうか? 
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