伊福部昭『音楽入門』

8月27日(土)曇り、時々雨

 伊福部昭『音楽入門』(角川文庫)、ブーシュラ・ラムゥニ・ベンヒーダ、ヨゥン・スラウィ『文明の交差路としての地中海世界』(白水社:文庫クセジュ)を読み終える。ともに面白かったが、より印象の強かった『音楽入門』を取り上げることにする。

 著者である伊福部昭(1914-2006)は作曲家、音楽教育者であり、芥川也寸志、黛敏郎、矢代秋雄などの後進を育てたことで知られる、という以上に映画音楽作曲者として『ゴジラ』シリーズや、『ビルマの竪琴』、『座頭市』などの音楽を手掛けた。だから、彼の名前を知らなくても、その音楽を耳にしたという人は少なくないはずである。そういえば、神保町シアターで伊福部昭が音楽を手掛けた映画の特集上映をやっていたという記憶がある。(彼の教え子も映画とは縁が深いだけでなく、芥川は草笛光子、黛敏郎は桂木洋子と女優と結婚しさえした――もっとも芥川は離婚したのであるが…)

 この書物は1951年に初版が刊行され、その後1985年に現代文化振興会から改訂版が、2003年に全音楽譜出版社から新装版が刊行され、今回角川文庫の1冊として再刊されたのは2003年の新装版をもとにして、文庫化に当たり『衝撃波Q  4号」(1975年)掲載の伊福部へのインタビューが加えられている。また、解説を作曲家の鷺巣詩郎さんが執筆していて、鷺巣さんの父親の鷺巣富雄(うしおそうじ)が円谷英二の片腕であり、伊福部とも親交があったと記しているが、うしおそうじには子ども漫画家としての顔もあって、私が子どものころ彼の作品をいくつも読んだことを思い出したりした。

 伊福部は音楽学校の教師、作曲家となるまでは北海道大学出身の林務官であり、理科的な思考力の持ち主であっただけでなく、北海道や樺太(サハリン)の各地を歩き回り、多分、それだけでなく、仕事の合間にアイヌやギリヤーク(現在ではニヴフという)の音楽を収集して回ったようである。そういう彼の音楽経験の広がりが背景にあることがこの書物の魅力の1つである。

 大雑把にいうと、この書物から私が読み取ったことは3つにまとめられる。1つは音楽は「直覚的な…ある意味では極めて原始的でさえある感覚を基礎としている芸術」(10ページ)という伊福部の音楽論であり、第2は音楽のそのような性質から、音楽の創造と鑑賞とは音楽を聞いた際の直接的な感動を出発点とすべきであるということである。第3は歴史的、空間的に広い範囲で様々な音楽を聞いて、自分なりの音楽観を形成すべきだということである。これは前2者と違って、本文にはっきりと論じられているわけではないが、この書物の全体にわたり、さまざまな民族の音楽や、歴史上の多彩な作曲家の作品が言及されていることから、このことが推測できる。(インタビューから知ることができるが、伊福部は様々な楽器の蒐集家でもあった。)

 余計な知識ではなく、音楽を聞いての感動を重視するということで、この書物の第8章「音楽観の歴史」を読みながら、自分の音楽についての知識と音楽観とをお浚いしてみるのがいいだろう。古いところでは「バッハとヘンデル」や「ウィーン楽派」に偏らず、ヨーロッパ全域の古代から近世に至る音楽の流れを概観しているのは親切だし、ヘンデルの作品にはムラが多いが、バッハは「あまりに完全にできている」(104ページ)という評価などその的確さに感心させられる。バッハとストラヴィンスキーの関係について論じているのも興味深いところである(伊福部はストラヴィンスキーを高く評価しているような印象がある)。第9章の『現代音楽における諸潮流』はロマン主義、印象主義以降の音楽を作曲家ならではの整理の仕方でまとめている。その中で民族的な思考と非民族的な思考が音楽の中にどのように反映してきたかを論じているのも興味深いところである。
 思い出すのは、昔よく「ロシア音楽の5人組」ということで、バラキレフ、キュイ、ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフなどという固有名詞を覚えた(あるいは覚えさせられた)ことである。ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフの音楽は結構耳にすることができたのだが、あとの2人が問題で、かなり年を取ってから、バラキレフとキュイの音楽に接したという記憶がある(その過程で、バラキレフがすごい作曲家であったということを自分なりに認識することになった)。伊福部は、バラキレフ、ボロディン、ムソルグスキーについてはゲーテの「真の教養とは、再び取り戻された純真さに他ならない」(152ページ)という言葉を音楽の世界で実現したと肯定的で、リムスキー=コルサコフについては否定的、キュイについては無視を決め込んでいる(そういえば、チャイコフスキーやラフマニノフについても無視を決め込んでいる)。この考えが正しいかどうかはこれを読んだ皆さんが、5人の作品を聴き比べて判断する以外にないのだが、私自身はかなり納得している。
 もう一つ思い出すのは、ポーランド映画『灰とダイヤモンド』の終わりの方のパーティーの場面で、映画の主題曲的な扱いを受けているポーランドの作曲家の作品が演奏されているのに対して、モスクワから戻ってきた共産党の幹部がショパンの「軍隊ポロネーズ」を演奏しろと命令する場面で、確かに、前者は民族的、後者はより国際的な性格をもった音楽である。どちらがいいかというのは好き好きだし、両方ともいいという考え方もありだと思う。どちらかの立場をすべての人間に対して強要するというのは、音楽という芸術の趣旨に添わないと思うのである。

 どうも話が本からそれてしまった。とにかく譜面1つ使わずに、音楽についてこれだけ簡潔にまとめた入門書は少ないと思う。「ゲーテは「不遜な一面がなくては芸術家といわれぬ」と述べていますが、鑑賞することもまた立派な芸術であることを忘れたくはないものです。」(157ページ)というこの書物の末尾の言葉は、一生(といっても残りわずかであるが)忘れることのできない言葉の一つとなるだろう。
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