『凸凹猛獣狩』と『マルクスの二挺拳銃』

8月26日(金)晴れ後曇り

 8月25日、シネマヴェーラ渋谷で「映画史上の名作15」の特集上映から『凸凹猛獣狩』(Africa Screams , 1949, チャールズ・バートン監督)と『マルクスの二挺拳銃』(Go West, 1940,エドワード・バゼル監督)の2本を見た。この特集上映シリーズは「映画史上の名作」と謳ってはいるが、中にはかなりの怪作・奇作も紛れ込んでおり、それがかえって上映を魅力的なものにしているところがある。今回の2本も、それほどの傑作ではないとは言うものの、喜劇映画に興味がある人間ならば見ておく必要がある作品である。

 1940年代にデビューして人気を博したバッド・アボット(Bud Abbott, 1897-1974)とルウ・コステロ(Lou Costello, 1906-1959)のコンビについて、小林信彦は次のように紹介している。「アメリカの漫才は、片方がマトモで、片方がイカレ型と、タイプが決まっているが、この場合は、大男で人相の悪いアボットがマトモ型で、すねた子供みたいな顔をしたデブのコステロがイカレ型だった。」(小林(1983)『世界の喜劇人』(新潮文庫)、85ページ) 実際、この作品でも笑いを振りまくのはコステロ1人だけで、アボットは全く面白くない。

 デパートの書籍売り場で、なぜかサファリ・スタイルでアフリカについての本を売っている店員のスタンリー・リヴィントン(コステロ)は、売り切れた本を探している2人組から、その本の中の地図を思い出して再現できれば1000ドルやるといわれる。彼の上司(アボット)のところにはダイアナ(ヒラリー・ブルーク)という美人がやってきて、やはり同じようなことを要求し、2500ドル出すという。実は、この2組はグルであり、スタッフを集めてアフリカに行こうとしているのだが、猛獣狩は表向きで、何か他に狙いがあるらしい。

 スタンリー・リヴィントンというのはアフリカ探検で有名な2人の人物ヘンリー・モートン・スタンリーとデヴィッド・リヴィングストーンを合わせたような名前だが(一説に、もともとはスタンリー・リヴィングストンという名前だったのが、どこかの段階でタイピストが名前を打ち間違えてこうなったのだという)、こちらのスタンリーは子猫にも恐れをなすほどの動物嫌いで、臆病な性格なのだが、欲に目のくらんだ相棒のアボットにのせられて2人で猛獣狩についていくことになる。
 アフリカでは、ゴリラを生け捕りにしようと落とし穴やわなを仕掛けている人物に出会ったりするが、その落とし穴に落ちたゴリラを間違えて助けたことから、スタンリーはこのゴリラに好意を持たれることになる。彼の臆病が知れ渡ってきたことから、名誉挽回のための芝居を思いつき、実行しようとするが、事態は思わぬ方向へと進んでいく・・・。

 『マルクスの二挺拳銃』はセールスマンのグラウチョと、金鉱を掘り当てようというチコ、ハーポの2人組が西部に出かける。彼らが西部に向かう鉄道に乗り込もうとしている駅でひと騒ぎがあるが、それは見てのお楽しみ。西部のある町で、対立している2つの家系があり、その息子と娘が恋仲であるというロミオ&ジュリエット的な設定があって、男の方が大陸横断鉄道の路線を相手の家系の地所に通すことで、対立を解消しようとして鉄道会社に提案をする。チコとハーポは娘の祖父に出会って、土地の証文と伝言を託されるのだが、無一文なのに、酒が飲みたいということから、町の酒場でその証文を手放してしまう。

 何としても証文を取り戻さないといけないことに気付いた2人は、偶然再会したグラウチョとともに、町のボスの家に乗り込み、留守を幸いに金庫を破って(彼らのことだから、どんな破り方をするか分かったものではない)証文を取り戻す。そして恋人たちと馬車で駅に向かう。この場面でハーポがあまり見かけない楽器を演奏しているが、ジョー・ハープであろうか。それから先住民の集落で一泊させてもらうが、グラウチョとチコが下らないことをしゃべって酋長の気を悪くさせるのに対し、口がきけないハーポが気に入られるというくだりがおかしい。(「猛獣狩」で原住民の酋長から、コステロが「好物」のデブとして狙われ、追いかけられるというギャグよりも、異文化交流の機微をつかんでいる。) そのあと、「ネロ以後のもっとも有名なハープ奏者」と呼ばれるハーポのハープ演奏が聞ける。そして、証文が東部の鉄道会社に届くのを阻止しようという悪人たちと、3人組の間で手に汗握る列車大追跡の場面が展開される。小林信彦さんはこの大追跡が「スラップスティック史上に残る傑作」、「これは、おそらく、マルクス末期の輝き」(小林、前掲、76ページ)であったと高く評価している。ここで、蒸気機関車が石炭ではなく薪を燃料にして走っているのが大事なポイントだが、実際に薪を燃料にしている例はどのくらいあったのだろうか。

 小林信彦さんはもっぱらスラップスティック喜劇の復興という視点から、凸凹、マルクス兄弟の芸風や作品について論じていたのであり、それゆえコステロの表情のおかしさとか、ハーポのパントマイム芸の巧みさが強調されているのであるが、かれらがトーキー映画の時代になってから活躍したこと、特にマルクス兄弟の場合、おしゃべり(主にグラウチョ)と楽器演奏(チコのピアノと、ハーポのハープ)、それに歌のうまさも見逃してはいない。マルクス兄弟の時代はまだまだラジオの時代であったのが、凸凹は映画で落ち目になってからテレビに活路を見出したというようなところにも、かれらの芸がそれぞれの時代を反映していたことの証拠が見いだされそうである。
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