ゴーゴリ『死せる魂』(3)

8月24日(水)晴れたり曇ったり、昼頃には雨が降った。

 1830年代初めごろのロシア。モスクワの西か、西北の県庁所在地であるNN市に、チチコフという男が現れた。もとは官等が高くもなく低くもなかった役人であったらしいこの男は、市の有力者たちを訪問して回り、さらにこの市の主な社交の場に出入りしながら、彼らの心をとらえるようになる。それだけでなく、彼はマニーロフ、ソバケーヴィッチ、ノズドリョーフといった市の周辺の地主たちとも知り合いになる。
 1週間ほど市に滞在した後に、チチコフは郊外に足を延ばし、マニーロフを訪問して歓待を受けるが、その際に奇怪な申し出をする。その頃のロシアでは7年あるいは10年に1度農奴の人口調査が行われ、その結果にしたがってもし、農奴が死んでも次の調査の結果が出るまで地主は人頭税を支払わなければならなかった。そこで死んだ農奴を自分が買い入れて、自分の財産として登記しようというのである。地主の側からすれば、うまい話なのだが、どうも胡散臭い。しかし、マニーロフはチチコフの弁舌に説得されて、この申し出を受け入れる。
 最初の試みがうまくいったことに喜んでいたチチコフであるが、マニーロフの屋敷で手厚いもてなしを受けて、すっかりいい気になったチチコフの御者セリファンが道を間違えて、コローボチカという女地主の屋敷で一晩を過ごすことになる。物分かりが悪く、そのくせ神経質な彼女は、死んだ農奴を売ってほしいというチチコフの申し出を頑固に拒否するが、結局、彼の説得に負けて売り渡すことに同意する。
 本街道に出て、ソバケーヴィッチを訪問しようと思っていたチチコフは、料理店で食事をとっていると、思いがけず、定期市に出かけて、そこで行われた賭博で無一文になったノズドリョーフに出会い、無理やり彼の家に連れていかれる。ノズドリョーフは酒を飲んだり、チチコフを賭博に誘ったりした挙句、暴力をふるいだし、折よく警察官がノズドリョーフのかかわったある事件で彼が審理中である旨を警告に来たのを利用して、這う這うの体で逃げ出した。(以上第1部第4章まで)

 本街道に戻ってきたチチコフは、馬車の衝突事件を起こしたりするが、ようやくソバケーヴィッチの村に到着する。ソバケ―ヴィッチの村はなかなか大きくて、おそらくは彼の考えを反映したがっしりとしたつくりの不細工だが丈夫そうな家々が並んでいた。ソバケ―ヴィッチはマニーロフとは大いに違う性格の持ち主で、自分の周辺のあらゆる人間に辛辣な評価を下しまくった。とくに自分よりも多くの農奴を所有しているが、きわめて吝嗇な生活を送っている近所のプリューシキンという地主のことを悪く言うので、チチコフはかえってこの男に興味をもつ。死んだ農奴の売買という話になると、ソバケーヴィッチは欲の皮を突っ張らせて、1人当たり100ルーブリなどと法外な売値を持ち出し、チチコフとの間の交渉はなかなかまとまらない。それでも交渉がまとまると、ソバケ―ヴィッチは手付金を、これに対抗してチチコフは受取証を要求する。ソバケ―ヴィッチの態度に腹を立てながら、彼の屋敷を出たチチコフは、彼が悪く言っていたプリューシキンという地主を訪ねようと思って、道で出会った農夫に道筋を訪ねると、農夫はプリューシキンなどという名は知らないが、あの《襤褸(ぼろ)っさげ》のことですかという。「まったくロシア人の毒舌にかかっては堪らない!」(上巻、207ページ) チチコフはこの渾名の見事さに感心してしまう。

 ということで、ゴーゴリはこのことから、ロシア語がロシア人の国民性とどのように結びつき、どのような特色を持っているかについてのちょっとした議論を展開するのである:
 円頂閣や円塔や十字架を頂いた寺院や修道院が、聖なる信仰の国なる我がロシア帝国に数限りなく散在するように、数限りない人種や、民族や、国民がこのこの地球上に群れつどい、ごたごたと入り乱れて、押し合いへし合いしている。そのどの国民もが、それぞれ才能の兆しを持ち、創造力に富む精神や、おのおのの水際立った特異性や、その他いろんな天分を兼ね具えながら、それぞれ固有の言語によって他の民族との間に劃然たる区別をつけている。しかもその言語たるや、いかなる事物を表現しても必ずその表現に独自の国民性の一部を反映している。イギリス人の言葉には人心の洞察力と、人生に対するどこまでも賢(さか)しい認識が感じられ、フランス人のはかない言葉は軽佻な洒落となってぱっと輝くと、そのまま雲散霧消してしまい、またドイツ人の知的ではあるが、ぎこちない言葉は、ちょっとまねのできない独自の工夫や発明をやすやすとやってのける。けれど的確に表現されたロシア語ほど大胆不敵で、しかも心の奥底からほとばしり出て、生気溌剌として沸き立つ言葉は他にないだろう。」(上巻、208-209ページ) このゴーゴリの言葉をツルゲーネフがその散文詩で表明した「これほどの言葉が偉大な国民に与えられていないとはどうしても信じられないのだ」という言葉と比べてみると、ロシア語への愛は両者に共通するとは言うものの、ロシアの社会や国民への信頼と希望は、ゴーゴリの方が強かったと思われるのである。(以上第1部第5章)

 さて、チチコフは広大だが荒廃した村にたどり着く。そこがプリューシキンの村であった。プリューシキンの住処らしい「この法外にだらだらと長い奇妙なお城は、どこか老いぼれの廃兵といった恰好をしている」(上巻、214ページ)。その地主館から出てきた男なのか女なのか、家政婦なのか執事なのかわからない人物が実はプリューシキンその人であり、もともとは平凡だが幸福な生活を送っていたのが、妻に先立たれて、次第に吝嗇の性向が強くなり、子どもたちも去って行ってしまったので、ますます社会から孤立して「莫大な自分の財産の番人、管理者、所有者として、独りぼっちになってしまった。孤独な生活はいやがうえにも彼を吝嗇にした。周知のとおり、吝嗇というやつは狼のように貪欲なもので、がつがつと貪れば貪るほどいよいよ貪婪になるものだ。彼の心には、さなきだに人間らしい感情が乏しかったのに、それが刻一刻とうすれて、見る影もなくぼろぼろになった身からは日ごとに何かが失われていくのだった」(上巻、226ページ)という存在である。目に入るものはすべて持ち帰って自分の財産にし、家政には気を配らず、仲買人にも頑固一点張りの対応しかしなくなった。
 吝嗇漢であるプリューシキンはチチコフの申し出が自分の利益になるものであることを見抜いて、承諾し、旧友で(チチコフにとっても新しい友人である)裁判所長に手紙を書いて登記のための手続きの依頼をした。死んだ農奴に、蓄電した農奴を加えると200人を超える農奴がチチコフの手に入った。

 こうして(「死せる魂」の持ち主である)地主たちのもとを回ったチチコフは夥しい数の超える死んだ農奴たち(=もう1つの意味における『死せる魂』) を手に入れ、NN市の旅館に戻り、ぐっすりと眠ったのであった。(以上第1部第6章)

 すでに書いたように、『死せる魂』はダンテの『神曲』に倣った『地獄』『煉獄』『天国』の3部構成を取りながら、ロシア社会の善と悪、現実と希望を描き出そうとする構想に基づいて執筆された者である。しかし、『地獄』に相当する第1部こそ完成したものの、第2部の執筆が遅々として進まないまま、ゴーゴリはその大半を焼却したりして、発表しないままこの世を去り、第2部は一部分だけしか残されていない(岩波文庫版の下巻が第2部を収録している)。
 ダンテの地獄は、語り手が歩めば歩むほど重罪人の罰せられている場所に達するのであるが、チチコフの出会う地主も、だんだん人格の破壊がひどくなっていくように思われる。ダンテは中世的な数の考えを使いながら、緻密に地獄を計算して表現したが、ゴーゴリはロシア農村の写実的な描写を徹底させることで、社会の罪や悪の問題を抉り出そうとしているようである。とはいえ、ゴミ屋敷と化したプリューシキンの地主館や彼の暮らしぶりの描き方など、写実的であるとともにユーモアを潜ませていて、この作家の強い個性を感じるのである。

 地主たちへのチチコフの訪問と、「死せる魂」の買い付けは、ここで終わり、物語は新たな展開を遂げることになる。それはまた次回以降のお楽しみに。
 
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