シング・ストリート 未来へのうた

8月20日(土)晴れたり曇ったり

 横浜シネマ・ベティで『シング・ストリート 未来へのうた』を見る。帰宅後、その感想を書いて、ブログを更新するつもりでパソコンに向かううちに眠ってしまった。それで、更新をあきらめて、早めに寝ることにした。おかげで、夏風邪は治ったのだが、ブログの更新がまたもや1日遅れになった。8月21日は、午前中に横浜シネマ・ベティで<ひばりチャンネル>第78回の『お嬢さん社長』を見て、夜は横浜FC対清水エスパルズの対戦を見に行く予定なので、あまり時間が取れない。22日は、シネマヴェーラ渋谷で『凸凹猛獣狩』と『マルクスの二挺拳銃』を見に行く予定(もっとも台風の動きによってどうなるかはわからない)なので、ブログで取り上げる話題の方には事欠かないが、更新している時間がとれるかどうか我乍ら不安である。そんなこんな、自分のわがままな都合でブログの更新の遅れが続きそうだが、その分、できるだけ面白い記事を書くつもりなので、ご容赦ください。

 さて、『シング・ストリート 未来へのうた』(Sing Street)であるが、1980年代のアイルランドの首都であるダブリン。この少し後になると、アイルランド経済は「ケルトの虎」などと呼ばれ、活況を呈することになるが、この時代は慢性的な不況に苦しみ(今もまた、この時代に逆戻りしているようである)、青年たちは希望がないままに英国やアメリカに希望を見出して、移住しようとしていたころの話である。ダブリンで暮らすコナーは、父親が失業したために、授業料の高いイエズス会の学校から、授業料の安いクリスチャン・ブラザーズの学校(つまり、シング・ストリートSynge Streetの学校)に転校させられる。母親の不倫で夫婦関係が壊れているのに、親の言うことが絶対で、彼の兄も音楽への夢をあきらめ、大学を中退させられたのである。親だけでなく、教師の権威もまだまだ絶対的で転校早々、校長から黒い靴を履いていないことで文句をつけられ、黒い靴を買うまでは、校内では靴を履くなと言われる。比較的裕福な家庭の子どもが通う学校から転校してきたこともあって、この荒れた学校の血の気の多い生徒たちからは恰好のいじめの対象になりかける。

 彼に好意をもったのが、チビで茶髪、頭がよく働くというかずる賢そうで、世話好きらしい少年である(私の中・高校時代を思い出しても、こういうチビで頭が良くて世話好きというタイプが何人かいたね)。彼と2人で歩いていると、モデルだと自称する(その割に背が低い)大人びた美少女ラフィナを見かけ、すっかり夢中になった彼女は「僕のバンドのPVに出ない」と口走る。例の少年をマネージャーに仕立て上げ、彼が紹介してくれた楽器なら何でもこなすという音楽好きの同じ学校の生徒とバンドを結成することにして、さらに仲間を集め、猛練習と曲作りの日々が始まる。バンドの名前を、学校の所在地(Synge Street)をもじって、(Sing Street)とする。コナーの兄も何かと協力してくれ、バンドはだんだんと実力をつけ始める。ラフィナも協力はしてくれるのだが、彼女には恋人がいるらしい・・・・。

 私が英語を習った先生の1人がアイルランド人で、クリスチャン・ブラザーズの学校を出て、アイルランド国立大学ダブリン校(UCD)を卒業されたとうかがった。(この作品のチラシに、コナーの転校先が「公立の荒れた学校」と書かれているのは間違いで、そもそもアイルランドには日本でいうような公立の学校というものがないのである。たしか、ジョイスの『若き芸術家の肖像』にイエズス会の学校と、クリスチャン・ブラザーズの学校の違いが描かれていたと記憶するが、要するに裕福な家庭の子どもが通う私立学校と、そうではない家庭の子どもが通う私立学校とがあるということである。もちろん、これ以外の団体が経営する私立学校もある。) クリスチャン・ブラザーズ(=キリスト教学校修士会)というのは、貧しい家庭の子どもたちに教育を授けるために結成された宗教的な団体であるが、修道会ではないというキリスト者(カトリック)ではない人間にとっては、わかりにくい性格の組織である。とにかく、この映画に描かれた学校と教師たち(特に校長)の姿はろくなものではなく、映画のエンディングの部分のタイトルを拾い読みしていたら、この学校の姿は昔のもので、今は違うというようなことが書かれていた。そういえばクリスチャン・ブラザーズがその経営する学校を手放して、別の団体にゆだねることにしたというようなニュースを読んだ記憶がある。アイルランドは英国の支配を受ける中で、かれらの言語(アイルランド語)は手放したが、カトリック信仰は手放さなかったというのが大方の評価であるが、カトリック信仰がアイルランド人に対して果たしている役割についてアイルランド人自身が再考を迫られているように思われる。

 映画の終わりのところで、学校についての断りを入れるということは、それだけこの作品が監督であるジョン・カーニーの10代の頃の思い出と結びついた半自伝的な性格を持っているということであり、描写も現実的で、作者の思い入れも強いということであろう。バンドの仲間を増やしていくところは、この作品よりも20年以上以前の、ダブリンとはアイリッシュ海を隔てた東側、リヴァプールにおけるジョン・レノンの10代のころの姿を描いた『ノーウエア・ボーイ』を思い出させるところがある。どこか気分のつながる仲間を探し当てていく喜びというのは、時空を超えて共通するものかもしれない。なお、リヴァプールはイングランドで一番、アイルランド系の住民の多い市であり、ある英国人などは、英国におけるアイルランドの植民地だなどと冗談を言っていた。(ビートルズのメンバーも、4人中3人までアイルランド系である。) 1人当たりのビール消費量が世界2位(1位はチェコ、3位はドイツ)というアイルランドの映画なのだが、登場人物がティーンエージャーなので、パブの場面が出てこないのも特徴的である。酔っ払いが多いというのはアイルランド人が歴史的に感じてきた抑圧感の現れなのだが、ここではその代わり、別の貧困の病理が描かれていることに注目する必要があるだろう。
 
 Synge Streetという通りの名称は、劇作家のJohn Millington Syngeにちなんだ命名だと思うのだが、登場人物はそんなことは知らないし、気にもしない様子である。彼らと違って私は、アイルランドの文学的な伝統には興味と敬意を持っている一方で、映画の中で流れる1980年代のブリティッシュ・サウンドにはあまりなじみがない(そもそも、この時代に私はすでに中年になっていた)。とはいってもダブリンはなじみのある市で、この映画で描かれた場所の近くをうろうろしていたこと、自分自身がカトリック系の学校で教育を受けている(日本のカトリック系の学校の先生にはアイルランド人が少なくない)こともあって、かなり懐かしい気分で映画を見ることができた。そういう経歴を持っていない方々でも、かなり時代のずれはあるのだが、ジョイスの『若き芸術家の肖像』を読むと、少し、この映画の舞台となっている、音楽の市であり、文学の市でもあるダブリンの雰囲気の理解が深まるのではないかと思う。
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