ゴーゴリ『死せる魂』(2)

8月10日(水)晴れのち曇り、依然として暑し

 おそらくは1830年代のはじめごろのロシア。モスクワの西、あるいは西北に位置するとある県庁所在市にチチコフという男が軽四輪馬車(ブリーチカ)で乗り込んでくる。市の有力者を訪問して、その近づきを得た彼は、さらに市の周辺の地主たち、マニーロフ、ソバケーヴィッチ、ノズドリョーフらと知り合いになった。滞在が1週間を超えたころ、彼は馬車を走らせて、マニーロフを訪問する。食事の後、チチコフはマニーロフに相談を持ち掛ける。彼が所有している農奴で、戸口調査名簿には掲載されているが、調査の後で死んだ者がいれば、その農奴をチチコフに何らかの方法で譲ってほしいというのである。この奇怪な申し出にマニーロフは驚くが承知する。
  題名になっている『死せる魂』はロシア語ではМёртвые Душиといい、Души(これは複数で、単数はДуша)には霊魂、農奴という2つの意味がある。岩波文庫版上巻の「解題」にあるように、この表題はその2つの意味を含めて用いられている。「つまり、主人公チチコフが地主から買い求めて歩く《死んだ農奴》(7年ないし10年に1度行われる農奴人口調査の帳簿には登録されているが、実際は死に、次の調査までは抹消されずにいる)と、作者の描いた地主、役人ら《魂の死んでしまっている人間たち》を示している。」(下巻、249-250ページ) 作中で何度も語られているように、名簿上抹消されていない農奴には(生死にかかわらず)人頭税がかかる。死んだ農奴を譲ってほしいというチチコフの申し出は、余分な負担を取り除くものだから歓迎されそうなものであるが、地主たちはそれほど単純には考えない…(以上、第1部第2章まで)

 最初の企てがうまくいったので、チチコフは今度はソバケ―ヴィッチのもとを訪問しようと乗り込んだ馬車の中で、すっかりいい気になって物思いにふけっていたが、御者のセリファンもマニーロフの家で受けたもてなしにすっかりいい気になって、馬を走らせながら勝手なおしゃべりをしていた。そのため、マニーロフの家で教えられた道筋通りに馬を走らせず、激しい雷雨に出会ってびっくりした彼はどこに続くかわからない道に馬車を乗り入れて、馬どもを急がせた。ずぶぬれになっただけでなく、馬車が横倒しになって泥だらけになったりしたが、ちょうど聞こえてきた犬の鳴き声を頼りに、2人はある女地主の屋敷にたどり着いて、一夜の宿を乞う。女地主の言葉から、チチコフは彼らがかなりの僻地に迷い込んだことを知るが、羽根布団の上に横になると、更紗布団を上にかけて眠り込んでしまった。
 翌朝、目を覚ましたチチコフは、老女地主の村の暮らし向きが悪くなさそうであるのを見て取って、コローボチカというこの女地主に愛想よくし始める。そして、死んだ農奴を自分に譲ってほしいというが、コローボチカは死んだ人間は売ったことがないと、断り続ける。チチコフは手を変え、品を変えて売るように迫るが、無知で頑固な彼女は考えを変えない。チチコフはだんだん我慢できなくなるが、「チチコフが腹を立てるのは間違っていた。もっと偉い人物や、お上の役人の間にすら、どうかするとこのコローボチカそっくりなのがあるものだ。そういう連中は、噛んでふくめるように言い聞かせても、とんと納得させることができず、どんな明々白々な論拠をもって臨んでも、まるで暖簾に腕押し同様で、さっぱり手ごたえがないのだ。」(上巻、95ページ)と、作者は人間観察の一端をのぞかせて、この種の人物が決して例外的な存在ではないことを述べる。
 チチコフが旅の商人だと思っている老婆は、彼が政府の御用を務めているという脅し(もともと役人であったらしいことは、彼が旅館に泊まる際に官名を書きいれていることで分かるが、すでに役所を離れていることも明らかである)に驚いて、農奴を売ることに同意するが、それと引き換えに農産物を大量に買ってもらうことを考えている。今度こそソバケーヴィッチの家に向かおうと馬車に乗り込むチチコフのために、老婆は道案内としてはだしの少女をつけてくれる。セリファンは彼女を嫌がるが、彼女がいなかったら、またもや道に迷ったところであろう。(以上、第1部第3章)

 本街道に面した料理店の前に来ると、チチコフは馬車を止めさせて食事をとろうとする。(コローボチカのところで軽食らしいものを口に入れているのだが、ゴーゴリも書いているように、この種の二流の紳士は底抜けの食欲を持っているのである。) 子豚の丸焼きを頼んだチチコフは、例によって料理店の主人である老婆から近在のいろいろな噂を聞きだす。もちろん、どんな地主がいるかという噂も聞くが、老婆はマニーロフとソバケーヴィッチを知っていて、マニーロフの方が上品な人物であるという。
 そんな話をしていると、料理店の前になかなか立派な3頭立ての馬車が止まり、ブロンドと黒髪の2人の男が下りてきた。遅れて店に入ってきた黒髪の男は、チチコフが検事の家で食事をともにしたことのあるノズドリョーフであった。2人は定期市に出かけていたのだが、ノズドリョーフはそこで行われていた博奕で持ち合わせをすってしまい、妹婿であるミジューエフの馬車に同乗してここまでやってきたのだという。ノズドリョーフは、チチコフがソバケーヴィッチの屋敷を訪問しようとしていると聞いて、それよりも自分のところに来いとチチコフを強引に連れ込もうとする。チチコフはノズドリョーフの賭博好きと乱暴で無頓着な性格を警戒するが、農奴をタダで譲ってくれる可能性もあると、同行することになる。
 35歳になるノズドリョーフは、学校時代のガキ大将がそのまま大人になったような男で、「彼が顔を出した限り、どんな会合でも無事に収まったためしがない。」(上巻、132ページ) 気が多くて、遊び好きで、浪費家で、ほら吹きである。チチコフは彼の屋敷と村を案内されるが、馬小屋は空でヤギが1匹いるだけ、それに対して犬小屋にはたくさんの犬がいた。とにかく、彼の屋敷の中にあるのは役に立たないがらくたが多く、食事もいい加減だが、ノズドリョーフは意に介さず、ミジューエフと酒ばかり飲んでいる。酔っぱらったミジューエフが、やっとのことで帰宅した後、チチコフは農奴を譲ってくれと言い出そうとするが、ノズドリョーフはカルタをしようと言ったり、チェスを指そうと言ったり、自分の世界に彼を引き込もうとし続ける。やむなくチェスを始めたが、言い争いになり、すぐに暴力に訴えるノズドリョーフと、それに加勢する召使たちに囲まれて窮地に陥る。折よく、最近、ノズドリョーフが最近起こした暴力事件について審理中であると警察署長が通告しにやってきたので、逃げ出すことができた。(以上、第1部第4章)

 第1部は、前回にも述べたようにロシアの農村の様子が詳しく描かれ、ダンテの『神曲』『地獄篇』に相当する者として構想された箇所であるが、作者が問題にしているのは人々の生活ぶりよりも、地主たちや役人たちの性格である。農村の世界はコローボチカの村がそうであるように、豊かとはいえないまでも悪くはない。チチコフがコローボチカに提供された寝床に潜り込む場面や、彼女がチチコフのために準備する、「茸、ピロシキ、目玉焼き、バター入り揚げ菓子、厚焼きや薄焼きの揚げ物…」(上巻、104ページ)にそれは明らかである。ノズドリョーフの土地と邸のように、もしそれが荒廃しているならば、それは地主の性格と、その反映である農地の経営方針の結果なのである。一方で、人間の心の在り方を問題にしながら、農村生活の具体相を詳しく描き出していく、ゴーゴリのペンは、精神主義と現実主義の両極をさまよいながら、進もうとしている。
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