ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(32-3)

8月8日(月)曇り、一時晴れ

 煉獄山の頂上にある(地球上でもっとも天国に近い)地上楽園に達したダンテは、ベアトリーチェに出会い、彼女から天上の世界が指し示す道から外れた生活を送ってきたことを責められるが、彼女とともに天上から降りてきた霊のとりなしもあって、楽園を流れるレーテの川を渡り、その忘却の水を飲んで、これまでの罪を忘れることができた。ベアトリーチェを中心とする行列は、神がアダムとエヴァにその実を食べるなと命じた善悪を知る知恵の木の立つところにやってくる。その木は枯れていたが、行列の中にいたグリフォンが牽いていた凱旋戦車の轅をその木に結ぶと、木には生気がよみがえり、花を咲かせる。そのときに耳にした妙なる調べの響きの中でダンテは眠ってしまう。目覚めると、ベアトリーチェに従っていた一行は、ベアトリーチェと賢明・中庸・剛毅・正義の4つの枢要徳と慈愛・希望・振興の3つの対神徳を表している7人の貴婦人たちを残し、天上に帰っていくところであった。7人の貴婦人たちに囲まれて座ったベアトリーチェは、ダンテにグリフォンが知恵の木とつないだ戦車(教会を象徴する)をめぐっておきる出来事をしっかり目撃して、地上に帰ったのちに、人々に伝えるように言い渡す。

 ダンテはまず知恵の木と戦車とを雷火と「ユピテルの大鳥」(480ページ、ローマ帝国の表象である鷲)が襲う幻を見る。これはネロ帝からディオクレティアヌス帝までの皇帝たちによるキリスト教徒迫害を示すものである。
そのためにまるで嵐の中の船のように、
今は風下、次には風上と波に翻弄されるがごとく車は傾いた。
(480-481ページ)

 そのあとで、腹を減らした狐(正統信仰を失った初期の異端者たち)が戦車の内部に襲いかかったが、護教的英知の象徴であるベアトリーチェに撃退されて逃げてゆく。続いて鷲が、戦車を飾り立てる(コンスタンティヌス大帝が教会に寄贈を行ったことを表す)が、それが教会にとって重荷となるであろうというペトロの嘆きが聞こえてくる。
 続いて1頭の龍が戦車をその尾で串刺しにし、戦車の底の一部を持ち去っていくのが見える。この個所については解釈が分かれているようだが、イスラーム教勢力の台頭により、キリスト教世界の一部が失われたこと、あるいは聖職売買による教会の腐敗堕落が進んだことが示されているというのが有力な意見である。さらに戦車は羽毛でおおわれていくが、これは正統な教会も聖職売買の悪癖に脅かされ、教会を刷新するものと期待されたフランシスコ会やドメニコ会などの修道会も世俗化し腐敗したことを示すと解釈されている。

 いつの間にか戦車は怪獣に姿を変え、2本の角をはやす3つの頭が戦車の梶棒のところに、角が1本だけの4つの頭が戦車の4隅に出現していた。10本の角をはやした7つの頭の怪獣というのは、新約聖書の『ヨハネの黙示録』の17に登場する。
高い山頂にある城塞にも似た傍若無人の体で、
帯を解いた娼婦が怪獣の上に一人座り、
私の前に現れ、周囲に流し目をくれていた。
(484ページ) 怪獣の上に娼婦が座っているというのも、「黙示録」の内容を承けている。

そして、まるでその女を奪われぬためであるかのように、
その横に1人の巨人が直立しているのを私は見た。
2人は互いに幾度も口づけを交わし合っていた。
(同上) 娼婦は一般にローマ教皇庁、巨人はフランスのフィリップ美王を示すと考えられている。巨人は娼婦があたりかまわず流し目を送るのに腹を立てて、娼婦と怪獣とを森の中に引きずり込んでしまった。これは1309年にフィリップ美王が行った、教皇のアヴィニヨン捕囚のことを指すと考えられている。この捕囚はダンテの死後の1376年まで続いたので、彼はその結末を目撃していないのである。

 この「煉獄篇」第32歌は、『神曲』全編を通じて、160行と最も長いが、新約聖書の「黙示録」に発想を借りた超常的なイメージを使いながら、当時のキリスト教会の世俗化・腐敗堕落と、そのために陥った政治的な危機が描かれていると解釈されている。天国を間近にしたダンテがこのような幻影を見るというのは不思議に思われるが、天国でこの話題を持ち出すことは控えた方がいいという判断があったのであろうか。ここで示されている解釈は、決定的なものではなく、他の解釈を許す性格のものであることを付け加えておく。
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