ジェイン・オースティン『ノーサンガー・アビー』(4)

8月6日(土)晴れ、暑し

 18世紀から19世紀に入ろうという頃、イングランド南西部のウィルトシャーのフラートン村の牧師の娘で17歳になるキャサリン・モーランドは「容姿はとても感じがよくて、きれいに見えるときには美人の部類に入る。そして頭の方は、17歳の娘の例にもれず、無知で無教養」(16ページ)であったが、村で一番の地主で、彼女を可愛がっているアレン夫妻に随行して、同じ南西部の有名な保養地で社交の中心でもあるバースで過ごすことになった。彼女はグロスター州の名門の出身で、牧師のヘンリー・ティルニーという24・5歳の紳士に紹介され、一緒に時間を過ごすうちに惹かれるようになる。その一方で、アレン夫人の旧友であるソープ夫人の娘であるイザベラという派手な美人と出会い、彼女と仲良くなる。キャサリンの兄ジェイムズはイザベラの兄ジョンと友人で、イザベラに恋している。ジョンはキャサリンに関心がある様子だが、キャサリンは、軽薄でうそつきのジョンが好きになれない。
 ヘンリーにはエリナーという妹がいて彼女は、イザベラとは対照的に控えめな性格だがやはり美人で、キャサリンは彼女と友人になろうと苦労する。ヘンリーとエリナーにはフレデリックという海軍大尉の兄がいるが、キャサリンはこの兄はあまり好きになれない。また兄妹の父親であるティルニー将軍にも何か近づきがたい気持ちを抱く。
 ジェイムズはイザベラに求婚し、両家の親たちからも結婚の承諾を得るが、イザベラは譲渡される財産の額に不満があるらしい。そして、彼女の美貌に興味を抱いたフレデリックに秋波を送ったりするので、キャサリンは気が気ではない。エリナーは、キャサリンを自分たちの屋敷であるノーサンガー・アビーに招待し、ゴシック小説の愛読者であるキャサリンは、アビーと呼ばれる屋敷が、彼女が愛読してきたゴシック小説の中でしばしばその舞台となることから、この招待を喜んで受ける。

 キャサリンはティルニー一家とともに、ノーサンガー・アビーに向かうが、その旅の中で将軍が彼女にひどく気を遣うのでかえって恐縮してしまう。途中でキャサリンはヘンリーと一緒に馬車に乗ることになったが、ヘンリーの手綱さばきの見事さに感心し(ジョン・ソープとは大違いである)、ノーサンガー・アビーでの生活への期待に胸を膨らませる。

 実際にノーサンガー・アビーに到着してみると、旧い建物の内部は現代風に作り直されていて、キャサリンはがっかりする。ティル二―将軍は時間に厳格な態度を示し、キャサリンは落ち着かない気持ちになるが、それでも自分にあてがわれた部屋が快適な様子なので安心する。それでも、夜は嵐が邸の外で吹き荒れたので、キャサリンは様々な想像をめぐらす。

 フレデリックは海軍の軍人として船に乗っており、ヘンリーも普段は自分の教区の牧師館で暮らしているので、ノーサンガー・アビーで暮らしているのは将軍とエリナーだけである。将軍は自分の財産を自慢する一方で、言っていることと実際に思っていることが食い違っていることが多いようである。ヘンリーとエリナーはこの性格に気付いているのだが、キャサリンはなかなかそれが分からない。とにかく、将軍の謎めいた態度が物語の後半の展開で物語を大きく変転させることになる。
 さて、ノーサンガー・アビーで、キャサリンはどのような冒険をするのか(しないのか)、ヘンリーとキャサリンの間柄はこの後、どのように進展していくのであろうか。バースに残してきたイザベラと、ジェイムズの恋の行方も気になるところであるが、それらは読んでのお楽しみとしておこう。

 この小説には3つの家族が登場する。地方の比較的裕福な牧師であるモーランド家は、なんとなくのんびりした暮らしぶりに加えて、子だくさんなために子どもの教育についてはあまり厳しくないところがあり、ジェイムズもキャサリンもおっとりしていて、恋の複雑な駆け引きは苦手で、物事をいい方に解釈する傾向がある。同じく地方のきわめて裕福な地主であるティル二―家は、妻を失った将軍とその3人の子どもからなり、将軍は裏表のある性格で、フレドリックも似たようなところがあるが、次男のヘンリーと娘のエリナーは気立てがよい。ただ、ジェイムズやキャサリンよりも他人の言動については現実的な判断ができる。ロンドンの近くに住むソープ家は、弁護士だという父親が登場せず(あるいはすでに故人であるのかもしれない)、子どもたちを溺愛している母親のもとでジョンもイザベラも利己的で嘘を平気でつく人間になっている。この家族の描き方が興味深い。

 それから、イングランドの田園地帯の、比較的世の中の変化から取り残されているような地方を舞台にはしているが、それでも世の中の変化が小説の中に描きこまれている点も注目される。ノーサンガー・アビーでの朝食の場面で、キャサリンが食器の素晴らしさをほめると、将軍は「いや、確かにこれは、とてもシンプルで上品な素晴らしい食器です。私はわが国の製品を大いに応援すべきだと思っています。私は紅茶の味にはそれほどうるさいほうではないが、スタッフォード州(ウェッジウッド社の製造工場がある)で作られた食器で飲む紅茶も、ドイツのドレスデン(マイセン焼で知られる)やフランスのセーヴル(セーヴル焼で知られる)で作られた食器で飲む紅茶も、おいしさに変わりはない。…」(263ページ)と長広舌を振るう。18世紀後半に作られ始めたウェッジウッドの食器が次第に(この領域における)先進国の製品に追いついている様子が知られるのである。余計なことを言うと、ウェッジウッド社の創立者であるジョサイア・ウェッジウッドの孫が進化論で有名なチャールズ・ダーウィンであり、彼の妻であるエマもジョサイアの孫(チャールズの従姉)である。

 『ドン・キホーテ』が先行する騎士道小説のパロディとして書き始められ、それをしのぐ作品となったことはよく知られているが、『ノーサンガー・アビー』はゴシック小説のパロディとして書かれたものの、彼女の生前には出版さえされなかった。とはいうものの、その後のオースティンの作品、地方に住む地主や牧師の娘の恋愛と結婚という内容は既に含まれていて、ゆったりとした展開の中に人生の機微が描かれ、これはこれで読み応えのある作品となっていると思う。
 オースティンの全部で6編の長編小説のうち、これで5編を読み終えたことになる。残るは『マンスフィールド・パーク』だけで、近いうちにこれも読むつもりである。 
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