ゴーゴリ『死せる魂』

8月2日(火)晴れたり曇ったり、暑し。

 7月31日、ゴーゴリ作、平井肇・横田瑞穂訳『死せる魂(上)』(岩波文庫)を読み終える。この岩波文庫版は上中下3巻からなり、上巻と中巻が原作の第1部、下巻が第2部に充てられている。19世紀の前半、ロシアをまだ皇帝が治めていて、農民たちの大部分が農奴として土地に縛り付けられ、地主たちの飽くなき収奪にさらされていた。ナポレオンとの戦争には勝利したものの、社会は矛盾だらけで、心ある人々は、その改革の必要性を強く感じていた。

 ロシアのある地方の県庁所在地に、チチコフという見たところ特徴のない「中流どころの紳士」が馬車でやってきて、この種の都市によく見かけるようなありふれた旅館のありふれた部屋に宿を定めた。彼にはセリファンという御者と、ペトルーシカという従僕が従っている。彼は食事を言いつけて、給仕からこの地方の様子や主だった役人・地主たちについて詳しく聞き、街を散策した後に、宿所に戻ってその日を過ごした。

 翌日、チチコフは県知事を訪問し、続いて副知事、検事、裁判所長、警察部長、専売官、官営工場監督官…と地方の主だった官吏たちのところを訪問して回った。「こういう有力者たちとの談合の間に、彼は実に手際よく、その一人ひとりに取り入った。」(18ページ)そして知事の開いた夜会に招待を受けたが、そのための支度に彼は2時間もかけた。
 夜会に出席したチチコフは、知事から歓迎を受ける。会場に集まった人々を見ていると、やせていて絶えず夫人の傍に付きまとっている連中と、肥っているか、あるいはあまり肥ってもいず、痩せすぎてもいないという(チチコフと同じような)カード・ゲームの一種であるホイストをしたがっている人々の2種類がいることに気付く。作者は「ああ! この世の中では、痩せ形の連中よりも肥り肉(じし)の連中のほうが確かに上手に物事をやり遂げてゆく」(23ページ)という経験に基づく洞察を述べる。チチコフは肥った人々の方に近づくが、「そこには、すでに彼の見知り越しの人物が、ほとんど全部そろっていた」(24ページ)。

 「その場で彼は、ひどく愛想がよくて腰の低い地主のマニーロフや、見たところ、いささかがさつなソバーケヴィッチと知り合いになったが、このソバーケヴィッチは、しょっぱなから彼の足をふんづけておいて、『やあ、ごめんよ。』といったものだ」(25ページ)。ホイストに加わりながら、チチコフはこの2人に特に注意を向ける。彼らがどのくらい農奴を持っているか、また領地はどんな状態に置かれているかということを知って、彼はますます2人に近づこうとし、マニーロフは「非常に鄭重に頭を下げ」(27ページ)、ソバケーヴィッチはというと「これはきわめてあっさりと」(同上)した調子で、チチコフを自分の屋敷へと招待したのであった。

 「翌くる日、チチコフは警察部長のところの午餐と夜会に招かれ、午後の3時からホイストをやりだして、夜中の2時まで勝負を続けた。」(25ページ) そこで彼はノズドリョーフという賭博好きらしい地主と一緒になる。その後も約1週間にわたり、チチコフはあちこちの催しに顔を出し、どんな会話にでも巧みに相手となり、人々の好ましい評判を獲得したのであった。

 こうして1週間以上を楽しく過ごしたチチコフは、「今度はいよいよ訪問の矛先を市外に向けて、かねての約束を果たすために地主のマニーロフやソバケーヴィッチを訪ねることにした」(30ページ)。そして御者のセリファンに軽四輪馬車の準備をさせると、まずマニーロフの住んでいるという村を目指す。言われていたよりも長い距離を走ってチチコフはマニーロフの屋敷に到着する。マニーロフは約束通りの歓待ぶりを見せて、屋敷の中を案内して回り、家族に紹介する。それに対してチチコフはお世辞を言い続ける。
 歓待が一段落したところで、チチコフは意外な用件を切り出す。当時、地主は自分の所有している農奴の数に応じて税金を払うことになっており、そのために戸口調査名簿を提出しなければならなかった。チチコフは、その調査を提出した後に、死んだ農奴はどのくらいいるかと質問したのである。これらの農奴は、実際には死んでいるが、書面上は生きていることになる。彼らをチチコフに譲渡し、その旨の売買登記を済ませようというのである。取引を済ませると、チチコフはマニーロフが引き止めるのを振り切って、ソバケ―ヴィッチの屋敷を目指してさっさと出かけるのである。

 どうやらチチコフは、実際には死んだが戸籍上は生きている農奴を自分の財産として登記し、何かの役に立てようとしているらしい。それが何かはさらに読んでいかないとわからない。
 ニコライ・ヴァシリェイヴィッチ・ゴーゴリ(1809-1852)がこの長編小説に着手したのは1835年のことで、プーシキンの示唆を受けて、ロシアの農村社会の悲惨さを風刺的に戯画化して描き出そうと考えていたのであるが、書き進めるうちに、この作品の中から思いもよらぬ偉大なものが飛び出してくるのではないかと思い始めた。そしてロシアの全貌とその生活に包含された<善>と<悪>を暴露しようと考えだして、すでに取り組んでいた作品の筋立てを改めて立て直し、ダンテの『神曲』を模した三部作として構想した。すなわち、第1部はもっぱら<悪>の描写にささげられ、『神曲』の『地獄篇』に対応するものであり、第2部は作中に皇帝的な人物が登場するもので、『煉獄篇』に相当し、最後にロシア人の魂に内在するあらゆる<善>を聖化して表現しようとした第3部が『神曲』の『天国篇』に相当するものとなるはずであった。

 ダンテの『神曲』を『煉獄篇』のほぼ終わりまで読み進んできた目で、『死せる魂』を読むと、ダンテが自分の神学に基づいて地獄や煉獄の精緻な構造図を描き、その中で人間の悪や罪の様相を位置づけているのに対し、ゴーゴリはあくまで農村の現実から目を離さず、地主たちがさまざまな悪徳の体現者として類型的に描かれているにしても、その姿はかなり現実的に思われる。聖書の知識に加えて古典や海外文学、そして民話を巧みに織り込んで叙事詩を作り出したダンテに比べて、ゴーゴリは農村の現実や民話が主な出典である分、典雅さにおいて見劣りがするが、その代わりに、地に根ざしたようなユーモアが読者を楽しませる。優劣の比較よりも、それぞれの個性を味わいながら、読み比べるべきであると思う。

 なお、この岩波文庫版は、1938年に出た平井の翻訳を戦後、平井が病没したために、その友人であった横田が1977年に改訳を加えたものである。その際、平井訳をできるだけ尊重した旨を横田があとがきで書き記している。古びているが、それが一種の格調を加えていて、独特の魅力をもった訳文である。
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