水村美苗『増補 日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(3)

7月17日(日)曇り、時々晴れ、13:24ごろ地震があった。

 アメリカ中西部のアイオワ大学で開かれたIWP(International Writing Program)に参加した水村さんは世界各地から集まった様々な文筆家たちと交流することになる。そして
 「地球のあらゆるところで人が書いている。」(36ページ)
 「人は金持の国でも貧乏な国でも書いている」。(44ページ)
 「さまざまな政治状況のもとで書いている」。(53ページ)
ということに気付き、考えさせられた。

 しかし、このような諸条件以上に、さらに水村さんを考えさせることがあった。それは
「人はなんとさまざまな言葉で書いているのか。」(58ページ)ということである。言葉の違いにかかわらず、「さまざまな作家がそれぞれ<自分たちの言葉>で書いている。」(同上) 彼らは、英語やスペイン語や中国語で書くだけでなく、モンゴル語、リトアニア語、ウクライナ語、ルーマニア語、ヴェトナム語、ビルマ語、クロアチア語などで書いていた。

  「しかも、その<自分たちの言葉>で書くという行為――それが<自分たちの国>を思う心と、いかに深くつながっていたか。」(59ページ) モンゴルからやってきたダシュニムは、ソビエトに強制されてきたモンゴル語のキリル文字表記をラテン語アルファベットによる表記に改めたいという動きに賛同し、もう若くはないのに使いこなしているコンピューターでモンゴルの自然の美しさとその自然との調和に生きるモンゴル文化の美しさを語ろうとしていた。

 ウクライナからやってきたイフゲーニアは、ソビエト時代(厳密にはスターリン時代以降)に強制されてきたロシア語使用から、ソビエト崩壊後に起きたウクライナ語の復興への動きを経験し、自らもウクライナ語での執筆活動を行っている。既にウクライナ語よりもロシア語を使用する人々の数が多くなってきたにもかかわらず、ウクライナ語復興の動きは盛んであると水村さんは書いているが、最近のウクライナにおけるロシア系住民の分離独立の動きを見ていると、事態はそれほど単純ではないかもしれない。(ロシア文学を代表する作家の1人であるゴーゴリはウクライナ出身で、ウクライナの人は、ウクライナの作家だといっているようである。なお、私が調べたところによると、ウクライナ語ではホーホリというそうである。)

 イスラエルから来たシモンはヘブライ語で書いていたが、「ヘブライ語は、まさに<自分たちの国>を思う心でもって、不死鳥のように蘇った言葉である、」(61ページ)

 しかし、水村さんをもっとも驚かせたのは、彼女が親しくなったノルウェーの作家ブリットが、ノルウェーの2つの公用語のうち、少数派の「ニーノシュク」であることを知ったことである。ノルウェーにはデンマーク語の<書き言葉>をもとにした「ブークモール」(書物の言葉)と、イーヴァル・オーセンという言語学者が地方の方言をあちこちから集めて作った人工的な<書き言葉>である「ニーノシュク」という2つの公用語がある。実際にはブークモールの方が圧倒的に優勢で、ニーノシュクを読み書きする人口はノルウェーの人口の1割程度だという(もっと少ないという人もいる)。ブリットがあえてニーノシュクで書いているのは「彼女が漁村で生まれ育ち、「ニーノシュク」の方が自分の魂と奥深くつながっているような気がするかららしい」(63ページ)。

 このようにさまざまな言語による執筆活動を展開している作家たちと交流を重ねながら、水村さんは「英語が<普遍語>となりつつあること」(64ページ)、「言葉には力の序列がある」こと(同上)について考えさせられる。
 人々の交流が盛んになった結果として、一方で、ごく少数の人々にしか使用されていない言語がどんどん消滅していく、その一方で英語が<普遍語>の地位に上ろうとしているという2つの変化が起きている。ローマ帝国が亡びてもラテン語がヨーロッパの<普遍語>としてしぶとく生き延びたように、アメリカの地位に変動があっても、英語は生き延びるであろう。さらにインターネットという新たな技術が加わり、英語は<普遍語>となる可能性をさらに大きくしている。

 IWPに参加した作家たちの中で、1人だけ<自分たちの言葉>で文筆活動をしていない、バロロングというアフリカのボツワナから来た作家がいた。彼は英語で作品を発表し、その一方で、母語であるツワナ語のことわざを英語に翻訳したりしていた。しかし、彼のような作家がさらに増えていくかもしれないと、水村さんは考える。
 そして、英語が<普遍語>となり、日本の作家たちが英語で作品を発表するようになると、日本の近代文学は過去の遺物となってしまう…と考えるのである。

 水村さんの議論から少し離れて問題を考えてみよう。行方昭夫さんは『英会話不要論』(文春新書)の中で、川端康成のノーベル賞受賞に大いに貢献したと考えられるサイデンステッカーの『雪国』の翻訳の冒頭の部分を紹介している。
 原文――国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
 翻訳――The train came out of the long tunnel into the snow country. The earth lay white under the night sky. The train pulled up at a signal stop.
「両者の違いが多くの日本人によって指摘されています。英訳は汽車がトンネルから出てくる情景をどこか上の方から俯瞰して描いているのですが、原文は、汽車に乗っている小説の主人公である島村の気持、内面、心理を描いていると思う日本人読者が多いようです。しかしサイデンステッカー氏は違った解釈をしたのですね。」(行方、121ページ)

 英語では適切に表現できない心理の動きがあり、その一方で、英語から受けた影響によってものの見方、感じ方が英語的に変化していくということも考えられる。そのことの意味を考える必要があると思うのである。

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