倉本一宏『藤原道長「御堂関白記」を読む』(4)

7月16日(土)曇り、時々晴れ、たびたび睡魔に襲われ、この日のうちに記事を更新できなかった。

 『御堂関白記』は平安時代中期、いわゆる摂関期に栄華を誇った藤原道長の日記である。道長は実は関白の地位に就いたことはなく、道長は実は関白の地位に就いたことはなく、さまざまな呼ばれ方をした日記が『御堂関白記』と呼ばれるようになったのは江戸時代の写本以来のことであるが、この呼び方が定着してしまっている。
 道長は政権を獲得した長徳元年(995)から日記をつけ始め、何回かの中断を経た後、寛弘元年(1004)からは継続的に書き続けている。現存する『御堂関白記』は道長が33歳であった長徳4年(998)から56歳の治安(じあん)元年(1021)に至る記事を収めている。
 長徳元年に権大納言であった道長は兄2人が相次いで没したために、一条天皇から内覧(関白に準じる職。奏上・宣下の太政官文書を内見する)宣旨を、さらに右大臣に任じられて太政官一上(いちのかみ=首班)の地位を得た。摂政・関白は公卿議定に出席しないが、道長はその地位に就かなかったために、議定を主宰でき、政敵である兄道隆の子・伊周を抑えて政治を運営することができた。そして伊周の妹であり、一条天皇の寵愛が深かった定子に対抗して、自分の娘の彰子を天皇の后として送り込み、自分の勢力を固めようとする。定子の死後、彰子は敦成親王(⇒後一条天皇)、敦良親王(⇒後朱雀天皇)の2人を生み、道長の権力の基盤は次第に固められていく。

 寛弘7年(1010)に道長は二女の妍子を東宮である居貞親王に入侍させた。自分の父である兼家や、兄である道隆に倣って、当時並立していた2つの皇統:冷泉・花山・居貞(⇒三条)/円融・一条の両方に自分の娘を送り込み、どちらにも自分の外孫が生まれるように画策したのである。そしてこの時期から、道長は居貞のもとを足しげく訪れて、一条天皇の譲位、居貞の即位後の政局運営に備えている。
 なお、これらの記事に先立って、寛弘7年の記事を収めた自筆本の縹紙見返しに「件記等非可披露、早可破却者也(件の記等、披露すべきに非ず、早く破却すべき者なり)」(119ページ)と書きつけられていて、道長がこの日記を自分自身のための備忘録として書き記していたことが知られる。
 またこの年の正月28日に、藤原伊周が薨去しているが、その記事は『御堂関白記』には見られないという。道長としてみれば、居貞親王と妍子の結婚の準備で構っていられないというのが本音かもしれないが、藤原行成の『権記』には29日、藤原実資の『小右記』の記事を抜き書きした『小記目録』には30日に、この記事が記され、「あたかも宮廷を挙げて伊周のことを忘れたがっているかのようである」(120ページ)。冷たいねえ。

 寛弘8年5月22日、一条天皇は病に倒れられる。在位26年目のことであるが、ご幼少のころに即位されていたので、まだ30代の前半という若さである(もっともこのくらいの年齢で譲位された例は多い)。道長は25日に早くも譲位工作を開始した。『御堂関白記』によると譲位にかかわる易占を行わせ、譲位どころか崩御の卦が出たという占文(うらぶみ)を見た道長は崩御を覚悟し、泣き出してしまった。。隣の清涼殿夜御殿にいらっしゃった一条は、これを見てしまわれ、ご自身の病状や道長による譲位の策動をお知りになって、いよいよ病気を重くされてしまったのである(『権記』)。
 崩御の直前、6月13日に一条は東宮居貞親王に譲位され、居貞は三条天皇となった(厳密にいえば、即位されたのであって、三条天皇と呼ばれるようになるのは、天皇が崩御されたのちのことである)。そして東宮には彰子が生んだ(道長から見れば外孫の)敦成親王が立った。道長は三条天皇からの関白就任要請を拒否し、引き続き内覧兼左大臣として政務を総攬する。次の懸案となるのは、道長の娘も含む三条天皇の后の扱いである。
 「25年もの東宮生活の末に即位した三条は、すでに独自の政治意志を持っていた。この「やる気」のある天皇と道長との政治的駆け引きも、これからつづくこととなる。」(123ページ) (三条の方が、一条よりも年長である。) 6月21日に、一条院は崩御されるが、その前後から天皇の葬儀・埋葬に至るまで政治的な駆け引きが続くが、これはまだまだ序の口である。

 政権を握っている道長、天皇のおそば近くに仕え、天皇と道長の間の連絡・調整に当たっている行成、少し離れたところで冷静に事態を眺めている実資、この3人がそれぞれ自分の日記を残しているので、王朝時代の政治的な駆け引きの様子が詳しくわかり、逆にその日記を書いている貴族たちの心中も推測できて、非常に興味深い場面が続く。
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