違いを知ること

7月13日(水)雨が降ったりやんだり

 あるところでちょっとした話をしたので、更新が遅れた。その話の内容のあらましを(多少の補足・訂正を加えて)掲載する。

 学校で教えている英語について、学習指導要領のような大きな原則を示す文書では、「グローバル化する世界」とか、「知識基盤社会」とかいう大義名分を掲げて、英語学習の意義を説明しているが、個々の学習者は自分なりにその意義を見出すべく努力すべきである。1974年に出版されて話題を呼んだ中津燎子『なんで英語やるの?』は著者が岩手県のA市で主として小学生を対象とする英語教室を主宰してきた体験をまとめたものであるが、そこでは学習者1人1人に「なんで英語やるの?」という問いを投げかけてきたという(中津さんは2011年に亡くなられた)。

 ベネッセが行った高校生7万人を対象とする調査によると、高校生の大半が、高校卒業時に到達すべき英検2級レベルに達せず、中学校3年相当の3級レベルにとどまっているという。これをどのように評価するかで高校(と大学・専門学校)における英語教育の在り方は変わってくるはずである。1974年に平泉渉は、高等学校で英語を選択教科にして、一部の生徒たちだけに徹底的な訓練を施すことを提案したが、一部の生徒に徹底的な訓練を行うのはもう少し後の段階になってからでもよいかもしれない。

 平泉の提案は(7月11日の当ブログ「世界の言語を知る』でも触れたが)ほとんど実行に移されず、ただ「試案」の冒頭部分の英語学習の効率の悪さを批判し、それが教育政策上のもっとも重要な課題となっているという認識だけが、「受験」よりも「コミュニケーション」に重点を置いて英語を教育すべきであるという空気を醸成したように思われる。

 コミュニケーションの問題を考える際に、日本社会と日本語使用者のコミュニケーションの仕方と、英語圏の各社会と英語使用者のコミュニケーションの仕方の違いを認識することが重要である。中津は、ある調査のために学校に本を借りに行ったアメリカ人の女子学生に通訳として同行した際に、(善意に基づくものとはいえ)用件とは関係のない長話を続けて(その方が礼儀にかなったことだと思い込んでいる)、訪問者をイライラさせた学校関係者の例を引き合いに出している。相手の意図を理解しようとすること、相手の文化の中の慣習を理解し、お互いに歩み寄ることが必要である。

 さらに日本語と英語の文法・語法の違いにも注意する必要がある。とくに日本語は「主語」が省略されることが多いので、日本語の常用者ならばすぐにわかるはずの行為の主体が、そうでない人にはわからない例が少なくない。(この件をめぐって、行方昭夫『英会話不要論』に、太宰治の『斜陽』の会話の部分をドナルド・キーンが誤訳しているという興味深い事例が取り上げられている(同書108-111ページ参照)。コミュニケーションをめぐっても、言語をめぐっても、日英(日本でも東日本と西日本という風に、地域によって違いがあるかもしれないし、英語圏も多様な世界であることも忘れてはならない)の違いについて認識を深めていくべきである。

 英語教育、異文化理解には、これまでの実践を通じて様々な知見が積み重ねられている。今後の英語教育をめぐっては、「空気」ではなく実証的な調査に基づいて政策を作り上げていく必要がある。

 私の話に対して、中国語が英語にとって代わろうとする動きはないか、翻訳機械の発達により学習の負担が軽減されるのではないかという質問があったが、この2つの問題については永井忠孝『英語の害毒』で論じられているので、それを参考にしていただきたい。
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永井忠孝『英語の害毒』はいい本だった

この日記の最後にある質問者として、遅くなりましたが、参考にしていただきたいということだったので、読みました。日本の外国語教育の問題点がよくまとめられていると思いました。私は、2007年末に光文社新書として出た本で、荒井一博著『学歴社会の法則 教育を経済学から見直す』を読み、その中で自動翻訳機の開発に触れているのを見て以来、将来的に自動翻訳機が普及して英米人が得をする社会におさらばだと思うようになりました。そして、最近には、橋爪大三郎(2016)『日本逆植民地計画』小学館の第4章「どこでもトーク」を読み、自動翻訳機の具体的技術まで懇切に説明されていて、かなり開発が進んできたし、レベルを上げていくのはそんなに困難なことではないことを知りました。今回永井氏の書かれていることから、さらにこの方向性に間違いがないと思わされました。したがって、やはり、日本の外国語教育は大転換することを前提に構想しなければいけないということです。なお、日本英語の実用性は相当高く、発音も文法も、本来の英米英語に照らして間違っていても文脈の中で理解される限り、ほぼ通じるという調査結果はもっともっと知られるべきだし、キャッチアップの英語ではなくオルターナティヴの英語を目指すべきだという主張は自動翻訳機普及までの間の英語教育の在り方に影響を与えてほしいものだと思います。タンメン老人は、この永井著を単品で論じていませんが、単品で論じるだけの本だと思いました。
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