世界の言語を知る

7月11日(月)晴れ

 7月9日付の当ブログ「英語をなぜ勉強するのか」の続きで、そこで紹介した平泉渉の提案のうち世界の言語について学ぶ機会を中等教育段階で設けるというものについて考えてみる。7月4日付の「第二外国語」の終わりの方でも触れたが、世界にはどのような言語があって、それを学ぶことにどのような意義があるか――ということを知らされないまま、外国語の学習を強制されるのはおかしい。だから、平泉のこの提案は十分に考慮に値すると思う。

 その前に、「英語をなぜ勉強するのか」で、書き忘れたことがあって、それも今回の話題と関連することなのだが、数学・自然科学関係の論文は英語で書かれないと国際的に承認される可能性は低いということである。(ノーベル物理学賞を受賞された益川敏英さんのように外国語が苦手であっても、その業績が国際的に認められた例はある。) 社会科学においても同じようなことがいえる。水村美苗『日本語が亡びるとき』に次のような記述がある。「20世紀を迎えて既に3分の1を過ぎた1933年、カレツキというポーランド生まれの経済学者が、1つの論文を発表した。たんなる論文ではない。のちに古典となるケインズの『一般理論』にある原理を先に発見したという、重要な論文である。当然のことにその論文は人の目にとまらなかった。2年後、カレツキは同じ論文を<3大国語>の1つに訳して著すが、またまた気の毒なことに、かれが得意としたのは、フランス語であった。翌年の1936年、ケインズの『一般理論』が英語で出版され、経済学の流れを大きく変えることになる。それを見たカレツキは、今でいう、自分の「知的所有権」を主張しようとする。『一般理論』に先駆けること3年、自分はすでに同じ原理を発見していたという論文を発表するのである。だが、なんとカレツキは、その論文もまた性懲りもなくポーランド語で著わしたのであった。当然のこととして、その論文も、誰の目にもとまらなかった。/・・・気の毒なカレツキは、「英語で書かなかった」学者として、のちの世に名を残すことになったのであった。」(水村、184-185ページ)

 さて、世界にはどのような言語があって、それぞれがどのような役割を演じているかというのは、中等教育のある段階で1年間で教えられることであろうか。世界には5,000とか7,000とかいう数の言語がある。これに比べて国家の数は200ほどである。それで学者によって、また政治的な状況によって、その数は違ってくる。政治的な状況というのは、もともとペリカン・ブックスに入っていて、日本ではその翻訳が岩波新書に入っているトラッドギルの『言語と社会』(原題はSociolinguistics 〔=社会言語学〕)を読めば、さらに言うと、日本語の翻訳の初版と第二版、元の本の初版、2版、3版を読み比べるとよくわかる。とくに旧ユーゴスラヴィアの解体が言語の分類に及ぼした影響について書いてある箇所が参考になるはずである。

 そうはいっても、5,000とか7,000とかいう言語の中には、言語学者になるのでもない限り(最近は、言語学者でもそれほど多くの言語を勉強している人は少ないそうだが)、興味を持たなくてもいい言語が大半で、日本人が関係を持ちそうな言語は限られているのが現実である。それは、①日本国内でかなりの頻度で使われている言語。②日本の近隣の国々の言語。③日本と経済・政治・文化などの面で深い交流がある国々の言語、④多くの人々によって使われている、あるいは強い影響力を持つ文化の中で使われてきた言語ということになるだろうか。永井忠孝『英語の害毒』(新潮新書)は①日本で重要性の高い外国語:英語、中国語、朝鮮語、ポルトガル語、②世界の主要な地域共通語:アラビア語、スペイン語、ヒンディー・ウルドゥー語、ロシア語、③日本に固有の言語:アイヌ語、日本語、日本手話、琉球語のうち、生徒の母語でない言語を中学校から学ぶ(179ページ)という提案がされているが、ここで私が考えているのは世界にはどのような言語があるのかを学ぶ際の手がかりとしての分類である。

 横浜の、特に中区を歩いていると、外国語の表示を掲げた店が多く、これは中華街に限ったことではないし、その中華街でも、中国・台湾以外のアジアや、ギリシアなどアジア以外の国々の言葉を表示した店が少なくない(もっとも、最近は中華街に出かけていないので、様子が変わったかもしれない)。以前にも書いたことがあるが(語学放浪記)、昔の横浜ではノルウェー語とギリシア語に出会うことが多かった(あと、もちろん中国語)。しかし、前記『言語と社会』を読むとわかるが、ノルウェーもギリシアもかなり複雑な言語事情を持つ国であって、気楽に言語遊覧と決め込んでもいられない事情があるらしいのである。日本の中でも、地方によって、外国人の分布は違うし、歴史的にも変容している部分がある。林芙美子の『放浪記』の中に、トルコ人の行商人の話が出てくるが、昭和の初めには日本国内にかなりの数のトルコ人がいたらしい。1990年ごろには、イスラエル人がアクセサリーの露店を開いている姿や、ラテン・アメリカの音楽を路上演奏する人たちをよく見かけたが、今ではほとんどいないのではないか。その一方で、横浜、神戸、長崎の3大中華街のように、日本文化の伝統の一部となっているような存在もある。何が言いたいのかというと、日本の中でよく出会う外国語というのは、地方によって、また歴史的に変化があり、またそのような歴史を超えて生き延びている言語・文化もあるので、地方や学校の事情を考えながら、その言語を選んでいく必要があるということである。

 平泉が世界の言語・文化を教える機会を設けることを提案したのは、そのことによって英語の世界的・国際的重要性を学習者に理解させようと配慮したのだと思われるし、その考えは基本的に正しいが、英語の意義を画一的にとらえ、授業の中で強制的に「学ばせる」というのであってはならない。英語が世界的・国際的重要性を持つというのは客観的に見てその通りであるが、だから英語が好きで勉強しようと思うのも、英語が嫌いになるのも、学習者の自由である。まあ、できるだけ好きになってほしいとは思うが…。私の学生運動仲間で、「英語は帝国主義者の言葉であるから勉強しない」というのがいたが、敵を知ることも大事だから英語を勉強するという考えもあっていいはずである

 いろいろ書いてきたが、世界の言語・文化に触れるということは、学習者が世界の言語・文化に触れるというだけでなく、言語・文化をめぐる多様な意見に触れる機会となるはずである。外交官、商社員、旅行家、言語学者、芸術家、数学者、スポーツの選手、多様な人々が、自分が接してきた異言語・異文化について画一的に同じ考えを持つようになったとは考えにくい。それぞれの立場で、接してきた世界の言語について学ぶ機会というのがあってよいと思うのである。
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