ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(31-1)

7月3日(日)晴れ、暑し

 第30歌で、ダンテをこの叙事詩の第1歌から導いてきたウェルギリウスが去り、彼にとって父のような存在であったウェルギリウスに代わって、厳しい母のようなベアトリーチェが現れ、ダンテが罪の悔悛を果たしていないことを責める。彼が信仰に立ち返ったことを述べて、とりなそうとする天使たちに、彼自分の生まれつきの才能にもかかわらず、神の知恵から離れて地上の事物、地上での出来事に己の全存在をかけてしまったという罪を説明する。そして今度は、彼に向かって直接的にダンテが自らの罪を認めて、自分の罪を告白するように促す。

「さあ、聖なる川の向こう岸にいるお前、
――切りつけられるだけでも私には苦しかったはずなのに、
あの方は言葉の切っ先で私を突き刺しながら、

そのまま躊躇することなく、再び話しはじめた――
言え、言うがよい、これはまことか。これほど重大なる告発には、
おまえ自身の告白が添えられる必要がある。」
(456ページ) ダンテは、しかし、恐怖のためにこたえることができない。ようやく

困惑と恐れとが混ざっていっしょになり
私の口から「はい」という一語を出させたが、
目で見なければ分からぬほどかすれていた。

さながら弦と弓を強く引きすぎて
矢を放つために、弩(いしゆみ)が壊れてしまい、
屋が的に弱々しく当たるように、

この重い荷の下で私は押し潰され、
むせびながら涙をあふれさせたが、
声は喉でつまって小さくなった。
(457-458ページ) 

 ベアトリーチェはさらに、ダンテの神を思う気持ちが揺らいでしまった時のことを話すように告げ、厳しく非難しながらも助け船を出して、どのような誘惑に彼がとらわれていたのかを告解するように促す。
私は深く苦いため息を一つついた後で、
答えようとしてかろうじて声を出し、
唇はやっとのことで音を作れた。

泣きながら私は言った。「目の前にあった現世の事物が
偽りの美で私の歩みを変えたのです。
あなたのお顔が隠れてすぐのことでした。」
(458-459ページ) ダンテは地上の美の偽りの美しさに惑わされたと答えた。(地上の美をキリスト教的な価値に勝るものと考えることがルネサンスの思考の特徴の1つである。ここでダンテはルネサンス的な価値観に出会ったことを、キリスト教の立場から否定しようとしている。)

 ベアトリーチェはダンテが何を言おうと、神はご存知であるといいながら、
だが、自身の口から自己の罪への呵責が
素直にあふれ出るときには、われらの法廷では
砥石車が逆さに回って刃を鈍くする。
(460ページ)と、彼が自分の罪を告白したことについて、一応の評価をする。しかし、神の道を逸脱した罪はより詳細に語られる必要がある。

 異界への旅の約10年ほど前にダンテが『新生』で歌い上げたベアトリーチェへの愛と、彼女の詩は、彼を神の道に近づけるものであったはずである。しかし、その後、彼は神の道から外れてしまい、そのことを、天国の住人となった彼女から厳しく糾弾されている。これをダンテの中の世俗的、近代的なものと、来世的、中世的なものとの相克と考えることも可能であろう。そのことは、ベアトリーチェの相貌をどのような美しさを持つものとして描くかとかかわってくる。彼が異界にあるにもかかわらず、時間の支配を受けていることもいろいろなことを考えさせる。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

tangmianlaoren

Author:tangmianlaoren
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR