水村美苗『増補 日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で』

7月2日(土)晴れ、暑し

 6月28日、水村美苗『増補 日本語が亡びるとき――英語の世紀の中で』(ちくま文庫)を読み終える。読み終えたことをノートに記入しようとしたときに気付いたのだが、この本を読み終えるのに1年以上かかったらしい。それも、ゆっくりゆっくり読んだというのではなくて、途中で重苦しい気分になって投げ出してしまい、かなり長い間そのままにしていた。ところが最近、英国がEUを離脱することを国民投票で決定したことがきっかけとなって、国際社会における英語の地位とか、英語教育の目的とかいうことについて改めて考え始め、日本がどのようにグローバル社会で生き延びようとするのか、そのことと英語教育(だけでなく、国語教育を含めた言語教育)はどのようにかかわるべきなのかが気になりだした。その結果、この書物のことを思い出したというのが真相である。だから、私の関心は語学の対象としての英語にあるのだが、著者は文学者であり、文学の側から英語と日本語の関係について論じている。夏目漱石の未完の小説『明暗』の続編を書いたことで知られる著者の文学、特に近代文学、その中でも日本の近代文学への愛着が強く感じられる書物である。

 1章「アイオワの青い空の下で <自分たちの言葉>で書く人々」は、水村さんがアメリカ中西部にあるアイオワ大学で開かれたIWP (= International Writing Program)に参加した際に、世界の様々な国からやってきた「二十数名」の文筆家たちと交流した経験と、それをきっかけとする思索が記されている。「全米で初めて創立されたというアイオワ大学の創作学科は、今、全米で一番すぐれた創作学科だということにもなっている。そこで教えるのが作家として名誉なのはもちろん、そもそもそこで学ぶのが学生として名誉であるらしい」(28ページ。調べてみたところ、フィリップ・ロスやカート・ヴォネガットJrがここで教えていた。2人とも、その後もっといい大学に転じているのっではあるが…)。「文化事業でさえ徹底的に成果主義のアメリカではIWPの運営資金として、国務省に援助金を申し込むにも、地元の企業から寄付をつのるにも、IWPがいかに文化に貢献しているかが宣伝されねばならなかったのである」(32ページ)ということで、参加した作家たちは、様々な場所で、自分の作品や、自国の文学、自国の言葉について語ることを求められた。

 「わたしは、日本語など見たことも聞いたこともない人たちを前に、日本語は中国語とは全く違った系統の言葉であること、「漢字」と「カタカナ」と「ひらがな」という3種類の文字を使って書くこと、また、西洋語を使う人間には信じがたいだろうが、主語を必要としないことなどを説明した。」33ページ) 
 この個所で、水村さんの言語についての意識がかなり高いことが分かる。専門的な国語学の素養はないが、自分の頭で日本語については様々に考えてきたことが推測できる。日本語と中国語が全く違った系統の言葉であるというのは、その通りだが、共通語彙が多く、近世以前はもっぱら中国語が日本語に影響を及ぼしていたのが、近代に入ってからは日本語から中国語に入った語彙が増えているということを忘れてはならない。
 もうひとつ、「主語を必要としない」というところが問題で、学者によって説が分かれる。ラテン語では、例えば、デカルトの有名なCogito ergo sum. をフランス語のJe pense, donc je suis.と比べてみればわかるように、動詞の変化で主語が分かるような場合は、主語は省略される。イタリア語も同様である。このように、主語が省略されることがあるというのではなくて、文部省文法では文には主語があるとしているが、三上章をはじめとして、日本語には主語というものはないと主張する学者も少なくない。

 あちこちからやってきている人々と顔を突き合わせているうちに、水村さんはある感慨を抱くようになる:
 「人はなんといろんなところで書いているのだろう…。
 地球のありとあらゆるところで人が書いている。
 地球のありとあらゆるところで、さまざまな作家が、さまざまな条件の下で、それぞれの人生を生きながら、熱心に、小説や詩を書いている。もちろん、65億の人類の9割9分9厘は、そんな作家が存在したことも、そんな小説や詩が書かれたことも知らずに死んでいく。それでも作家たちは、地球のありとあらゆるところで、働いたり、子どもを育てたり、親の面倒を見たりしながら、時間を見つけては背を丸めてコンピューターに向かい、何やら懸命に書いているのである。与えられた寿命を多分少しばかり縮めながら、何やら懸命に書いているのである。
 私は本屋で買ってきた世界地図をよく机の上に広げるようになった。」(36ページ)

 「書いている」だけでなく、どのような言葉で書いているかが問題である。それが次に述べられることになる。(続く)
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