日記抄(6月24日~30日)

6月30日(木)曇り

 6月24日から本日までの間に経験したこと、考えたことなど:
6月24日
 あまりテレビは見ないのだが、陸上の日本選手権の第1日の様子を見た。女子100メートルの予選3組に登場した福島千里選手がスタンドが騒がしかったために何度もスタートをやり直し、4度目にやっとスタートしたのが気の毒だったが、そんなことには関係なく1位で予選を通過したのはさすがであった。
 
6月25日
 NHKラジオ「攻略!英語リスニング」は”Amazon River"を取り上げた。"At about 6,400 kilometers, it's the second longest river in the world -- the largest river if you go by the amount of water that flows through it." (およそ6,400キロで、世界で2番目に長い川であり――流れる水の量から言うと、世界一である)。 ペルーのアンデス山脈を源として、コロンビア、ガイアナ、エクアドル、ベネズエラ、ボリビア、そしてブラジルを流れて、大西洋にそそぐ。3,000種以上の魚がいて、その周囲には世界最大の熱帯雨林が広がっている。アマゾンという名の由来は、16世紀にこの一帯を探検した最初のヨーロッパ人の1人であるフランシスコ・デ・オレリャーナというスペイン人が、川の近くで、女性の戦士たちに率いられた部族と戦ったと報告したため、ギリシア神話の女性戦士たちの国アマゾンが川の名前となった。
 ところで、番組テキストに講師の柴原さんがこんなことを書いている:『買っただけで数年間放置している『ピダハン――『言語本能」を超える文化と世界観』という本があるのですが、これはアマゾンに住む少数民族について扱っています。その言語体系が非常に興味深く、文法には過去形や未来形もなく、名詞には単数形も複数形もないなど、私の知っている「言葉」とはかなりかけ離れています」(6月号、52ページ)。日本語の動詞には過去形も未来形もないし、名詞には単数形も複数形もないが、講師は日本人であるのに日本語を知らないのであろうか⁉

6月26日
 Eテレ「日本の話芸」で柳家権太楼師匠の『くしゃみ講釈』を聞く。あまりうまいとは思わなかったが、面白いことは面白かった。桂小南『落語案内』によると、先代の権太楼というのが「わたしの記憶している噺家の中で、上手下手は別として、この人くらい客を沸かした人は知りません。お客さんは、はじめから最後まで爆笑でした」(216ページ)ということで、そういう落語家を目指しているのだが、道半ばというところだろうか。

 ニッパツ三ツ沢球技場で横浜FC対FC町田ゼルビアの対戦を観戦する。今日は神奈川区民デーでA席(バックスタンド)が大入りになったため、S席(メインスタンド)で観戦した(65歳以上なので、どの席種でも500円で入場できるのである。切符売りのおばさんに年齢を証明するものを見せてくださいと言われる。A席だとそれほどうるさくないのだけれどもね)。横浜は後半、この日J2出場200試合を達成した寺田選手のクロスを、大久保選手が頭で決めて1点を挙げ、途中退場者が出て1人少なくなったものの、その1点を守り抜き、久しぶりでホームでの勝利を挙げた。

6月27日
 「朝日新聞」の朝刊によると、EU離脱か残留かを問う国民投票の結果が出てから、「EU離脱とは」どういうことかとインターネットで検索する英国人が多かったそうだ。つまり、知らないで投票して、騒ぎが大きくなったので、改めてその意義について考え始めた人が少なからずいたということである。他山之石可以攻玉。

6月28日
 吉田健一『東京の昔』を読み直し終える。今と昔、日本と外国を対比しながら、文化と文学を語る部分が興味深かった。若いころ、この小説を読んだときは、物語の方に関心が向いて、文化論の方は読み飛ばしていたが、年を取って読み方が変わってきたことを感じる。

 水村美苗『増補 日本語が亡びるとき』(ちくま文庫)をようやく読み終える。著者とは文学観が違うのだが、近代の日本文学が作り上げてきた書き言葉の伝統を重視せよという主張には全く賛成である。水村は漱石の『明暗』の続編を書いたほど、漱石に傾倒している作家であり、漱石が英文学とどのように格闘したかを詳しく論じている。
 中学の同期生の1人が漱石の孫であり、同じ年に(違う)大学を受験したのが吉田健一の娘であった。だから、私は世代的に、夏目漱石よりも、吉田健一の方に近く、英文学へのかかわり方についても、漱石よりも吉田健一の方に共感する部分が大きいように思う。

 だいぶお話変わって、セルジオ越後『補欠廃止論』(ポプラ新書)を読む。ここで著者が「補欠」といっているのは、控え選手のことではなくて、スタンドで応援しているような運動部員のことである。高校サッカーの試合を観戦していると、強い学校に入ってスタンドで応援するのと、あまり強くない高校で試合に出場するのとどっちがいいのかというような話をしている人がいるが、まさにそういう議論が展開されている。何よりスポーツは<する>もの、楽しむものであるという著者の主張には共鳴する部分が多いが、あまり具体的な提案がなされていないのが残念である。

6月29日
 NHKラジオ「実践ビジネス英語」の”Quote...Unquote"のコーナーで紹介された言葉:
I hope I shall possess firmness and virtue enough to maintain what I consider the most enviable of all titles, the character of an honest man.
   ―― George Washington (first U.S. president, 1732-99)
(あらゆる肩書の中で最もうらやましく思っているのは正直者という称号であり、その称号を維持するに足る毅然さと美徳を、私は持ち合わせたいものだ。)
 ワシントンが桜の木を切り倒したというのは作り話らしいが、彼が正直だったというのは本当のことだそうだ。

 カミ『ルーフォック・オルメスの冒険』(創元推理文庫)を読み終える。オルメスとはホームズ(Holmes)のフランス風の読み方。シャーロックならぬルーフォックはちょっといかれたを意味するという。フランスのユーモア作家カミによる捧腹絶倒の探偵コント集。「訳者あとがき」で高野優さんが指摘しているように、落語に通じるこっけいさがあって、その点が興味深い。どういうところが似ているかは、読んでのお楽しみにしておこう。

6月30日
 昨日に続き、「実践ビジネス英語」の”Quote...Unquote"のコーナーから:
It is the duty of government to make it difficult for people to do wrong, easy to do right.
   ―― William E. Gladstone (British politician, 1809 - 98)
(人々が間違ったことをしにくいようにし、正しいことをしやすいようにするのが、政府の義務である。)
 リヴァプールで泊まっていたB&Bの近くにグラッドストーンが生まれたという家があった。リヴァプールはビートルズの町であるだけでなく、グラッドストーンの町でもあって、あちこちで彼の足跡に出会うのである。

 本間龍『原発プロパガンダ』(岩波新書)を読み終える。『原発プロパガンダは、国民に対しては原発政策支持者を増やすための『欺瞞』であり、メディアに対しては真実を報道させないための『恫喝』という極端な二面性を持っていた」(31ページ)という。横浜を選挙区にしている、問題解決能力よりも、問題隠蔽能力に長けているある政治家のことを思い出す。
 
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