ダンテ・アリギエリ『神曲 煉獄篇』(30-3)

6月27日(月)晴れ

 ウェルギリウスに導かれて煉獄山を登り切り、地上楽園に達したダンテは、そこでかつて彼が詩文集『新生』の中で彼女への愛をうたった女性ベアトリーチェが天国から降臨する場面に出会う。入れ替わるように、ウェルギリウスは姿を消していた。(もともと、「人生の暗い森」をさまよっていたダンテを、そこから連れ出し、地獄と煉獄を遍歴させるようにウェルギリウスに依頼したのはベアトリーチェであった。) ダンテに対し、ベアトリーチェは厳しい態度で臨み、彼が己の罪を悔悛しなければならないと告げた。

母親が息子に容赦ない態度をとるように、
彼女は私に対した。なぜなら厳しい慈しみには
苦い味わいがつきものだからだ。
(449ページ) 「やさしい父」(446ページ)であったウェルギリウスが去り、ベアトリーチェは厳しい母としてダンテに対する。父と母の性格付けがなぜ逆転しているのかは興味ある問題である。彼女はなぜ、ダンテの罪を追求したのか。「なぜなら、おそらくダンテは、神の恵みに護られた地上楽園に来なくとも、人は自身の力だけで世界のすべてを知り、至福に至ることができると、かつて信じていたからだ」(613ページ)と翻訳者の原さんは解説している。

あの方は沈黙した。すると天使達がすぐに
歌った。「あなたにこそ主よ、私は希望を託したのです」。
けれども「わたしの足を」より先には進まなかった。
(450ページ) 天使たちはベアトリーチェにダンテをとりなすように「あなたにこそ主よ、…」という旧約聖書詩篇31-2から始まる箇所を歌って、ダンテが信仰に立ち返ったことを述べた。原さんは、巻末の解説で詩篇30としているが、壽岳文章訳の脚注では「ウルガタ詩篇30の2-9(詩篇31の2-9)の起句」(壽岳訳、390ページ)とある。「新共同訳」では詩篇31になっているので、注意が必要である。壽岳さんは「詩篇からの〔『神曲』中〕最も適切な引用。しかも詩篇・煉獄篇ともに30歌」(同上)とダンテの構成の巧みさに注意を喚起している。「ウルガタ」(Vulgata、英語ではVulgate)は405年に完成したラテン語訳の聖書でカトリック教会で使用されている。ダンテの時代に一般に知られていた聖書はこれだけであった。詩篇31-9では「わたしを敵の手に渡すことなく/わたしの足を/広いところに立たせてくださいました」と歌われているのだが、ダンテにはまだ赦しが与えられていないので、赦しを示す後半部分は歌われないのである。

さながら生きた木々に積もった雪が
イタリアの山の背で
スロヴェニアの寒風に吹かれて固く凍りつき、

次に、影の消え去るあの大陸が息を吹くだけで、
まるで火が蝋燭を溶かすように溶け、
その中に水が滲んで広がっていくように、
(450ページ) 天使たちの歌声には「貴婦人よ、なぜそれほどにこの者を責めるのか」という以上の同情の気持ちが込められており、ダンテの凍りついてしまった心を溶かした。

 これに対して、ベアトリーチェは天使たちにこたえる形で、ダンテが神の道から外れた罪を自覚させようと、彼女の厳しい態度の理由を語る。こうして彼女は、ダンテに、彼の罪と、そしてそれに対してすべきことを教えようとしたのである。
 ダンテは自然が彼に与えた素質と、神が彼に与えた素晴らしい資質を備えていたにもかかわらず、神の知恵から離れて地上の事物、地上での出来事に己の全存在をかけてしまったとベアトリーチェは語る。なお、これはダンテ1人のことではなく、彼が人類を代表しているという解釈も可能であると原さんが解説で述べている。

「・・・
この者はあまりに堕落し、ついにはどのような手段もすべて、
この者の救いには届かなくなりました。
失われた民をこの者に見せること以外には。

このために私は死人どもの扉を訪れ、
この者をここまで導いてきた人物に、
涙を流しながらわが祈りを聞かせたのです。
・・・」(455ページ)

 ベアトリーチェはこの罪に対する悔悛が行われて初めて地上楽園を流れるレーテ川の水を飲むべきであり、悪行の記憶と罪を洗い流して天国に上るのにふさわしくならなければならないと述べる。こうして『煉獄篇』30歌は終わる。神から離れて、自力で至福に至ることができると考えることが厳しく糾弾されていることに、ダンテの宗教・道徳観が基本的に中世の枠の中にとどまるものであることが現れていると思われる。そういう彼の思想的な部分よりも、その思想を語ろうとして彼が比ゆ的に取り上げている自然描写や表現の巧みさのほうに心惹かれてしまい、それが今回の引用個所の選択にも表れていることをご理解いただきたい。
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