バベットの晩餐会

6月21日(火)雨のち曇り

 横浜シネマジャックで『バベットの晩餐会』を見る。デンマークの作家イサク・ディーネセンが本名カレン・ブリクセンで書いた同名の小説をもとに、ガブリエル・アクセルが脚本・監督を手掛け、1987年度のアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した作品である。日本では1989年に公開されたが、その時は見逃し、今回のデジタル・リマスター版による再上映で初めて見ることができた。

 1880年代のデンマーク、ユトランド半島の海岸にある小さな漁村に2人の老姉妹が暮らしていた。姉はマルティーネ(ビルギッテ・フェダースピール)、妹はフィリッパ(ボディル・キュア)といったが、これは宗教改革を始めたマルティン・ルターとその僚友であるフィリップ・メランヒトンの名にちなむものであった。姉妹の父親(ポウェル・ケアン)はルーテル派の中で(前後の文脈があまりよく読み取れなかったので、推測で書くが)敬虔主義的な分派を結成した牧師で、かなり以前に没していたが、姉妹はその遺志を継いで、その時間を信仰と慈善活動とに費やしていた。若いころ、姉妹は大変に美しく、その美貌に惹かれて教会にやってくる若者が少なくなかったが、自分の活動を手伝ってくれる娘が離れていくことを嫌った父親が、若者たちの求婚を退けるうちに、2人は年老いてきたのである。信徒たちの数は減り、彼らもまた年老いてきたが、姉妹のもとで集会が続けられていた。その家で、家事を手伝っているのは、パリ市の動乱で家族を失ったバベット(ステファーヌ・オードラン)という未亡人であった。

 姉妹が若いころ(マルティーネをヴィーベケ・ハストルプ、フィリッパをハンネ・ステンスゴー)、村の外からやってきて、彼女たちに恋した男が2人いた。1人はスウェーデンの将校であるローレンス(グドマール・ヴィーヴェソン)で、借金を作ったためにこの村に住む伯母の館で謹慎させられていたのだが、マルティーネを見初めて、牧師を囲む集会に出席するようになる。しかし、マルティーネと結婚できないことが分かると、スウェーデンに戻り、信仰心の深い王妃に取り入ることに成功し、その侍女と結婚して出世街道を歩み始める…。もう1人はフランスのバリトン歌手アシール・パパン(ジャン=フィリップ・ラフォン、実際にバリトン歌手である)で、フィリッパの声の美しさに魅せられて、歌のレッスンを申し出る。レッスンを続けるうちに、フィリッパのほうでこれ以上レッスンを続けることを断る(はっきりした理由は語られていないが、レッスンの内容となる歌曲が世俗的な愛の歌であることと、声楽のレッスンの場合、教師が生徒の体に触れたりすることはごく当たり前に行われることが、彼女の信仰心と相いれなかったのであろうと推測できる)。ローレンスもパパンも姉妹のそれぞれにふさわしい相手で、彼らの恋も真剣なものであったことが、映画の後半部分に影響する。

 1870年代のある嵐の夜、姉妹のもとを訪れた女性がいて、パパンの手紙を携えていた。その女性がバベットであった。第二帝政の崩壊時に、夫と子どもを処刑され、自分の命からがら逃げだした彼女は料理の名手であることを述べて、姉妹の身近で働かせてほしいと述べられていた。姉妹は始め、自分たちの経済状態では人を雇えないといったが、彼女のたっての願いを受け入れて、家政を任せる。バベットは村の暮らしになじみ、姉妹の生活も少しずつ楽になる。

 それから14年だったか、15年だったかが経ち、姉妹も信徒たちもさらに年を取り、信徒たちの間では昔のことを思い出しては、いさかいが絶えなくなっていた。一方、バベットはフランスにいる友達と宝くじを買ってもらうだけの文通を続けていたが、ある時、その宝くじが当たって大金が手に入る。それで姉妹が、自分の父親の生誕100年を祝う食事会を開こうとするのを知って、かつてフランス料理のシェフとして働いていた腕を振るった料理を提供する、晩餐会を開くことを申し出る…。そしてその晩餐会には、今や将軍に出世したローレンス(ヤール・キューレ)が伯母とともに出席することが知らされる…。

 バベットはフランスから料理の材料を取り寄せて、料理に取り掛かるのだが、これまで見聞きしたこともない材料が運ばれてくるのに、姉妹も村の人々もびっくりする。地元の食材を生かして料理を作るというのも、料理人としての生き方だと思うのだが、彼女は、パリのレストランで、自分が客に出していたのと同じ料理を提供しようとする。正直なところ、<ウミガメのスープ>だの、<ウズラのパイ>などというメニューはぞっとしないのだが、このあたりに彼女のこだわりがある…というだけでなく、原作者であるディーネセンの考え方が出ているのかもしれない。それでも、映画を見ていると、料理を食べるほうは(ローレンスを別にして)戦々恐々としており、裏方として料理を手伝っている老人と少年のほうが生き生きとして見えるのは、どういうことであったのか…。

 晩餐会を通じて、そこに集まった人々の気持ちがなごみ、信徒たちの間には一体感が復活し、ローレンスとマルティーネの間には新たに信頼感が生まれたように見える。料理を味わうというのは、現世的、世俗的なことなのだが、そのことを通じて、人々は彼岸の世界が近づいてきたような気持になる。そういう物語を通じて、人生の目的はなんであるのか、この世にあるのか、来世にあるのか、そんなことを問いかけているようでもある。

 バベットを演じているステファーヌ・オードランはエリック・ロメールの『獅子座』(1959)、クロード・シャブロルの『いとこ同士』(1959)などに出演した後、シャブロルと結婚して、彼の作品の中でわき役を演じ続けてその製作活動を支え、主演した『女鹿』(1968)でベルリン映画祭の女優賞を獲得した女優である。ジャン=リュック・ゴダール夫人であったアンナ・カリーナが常にゴダール作品では主演し続けたのとは対照的だが、両方ともその後離婚したのは共通している。シャブロルの夫人であったころから、アナトール・リトヴァクの『殺意の終末』(1970)とか、ルイス・ブニュエルの『ブルジョアジーの秘かな愉しみ』(1972)などの作品に出演していた。『獅子座』では主人公を追い出すホテルの女主人の役で、なんとなく意地の悪そうなところが一つの持ち味で、サスペンス映画(シャブロルは「フランスのヒッチコック」という異名も持っていた)などで強い個性を発揮していた女優である。この作品では、そういう意地の悪そうなところが消えて、一種の風格が漂う、堂々たる演技を見せている。(『殺意の終末』はセバスチャン・ジャプリソの推理小説『新車の中の女』の映画化で、この映画を見に、わざわざ京都から大阪の千日前まで出かけたことを思い出す。)

 老いたローレンスを演じているヤール・キューレはイングマル・ベルイマンの『ファニーとアレクサンドラ』などに出演している俳優であるが、ベルイマンといえば、スウェーデンを訪問したパパンがどこか静かなところで休息したいというと、それならユトランドにいい場所があるといって勧める貴婦人を演じているのが、スウェーデンの名女優ビビ・アンデッショーン(アンデルソン)で、特別出演という感じであろうか。この作品の一般の解説には彼女が出演していることが書かれていないものが多いので、注意を要する。実は、ビビ・アンデッショーンは私の好きな女優の1人なのである。

 この映画のシネマ・ジャックでの上映は6月24日までで、上映時間は11:35~13:30、ご覧になりたい方はお急ぎください。 
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